※学生時代


迷った。よく考えなくても迷子だ。
迷子になった場所も悪い。山中で迷子になったとなれば笑えない。
山道からも大きく逸れてしまっている。自分が今どこにいるのか本気で分からない。
辺りを見回してみても、鬱蒼と生い茂る木々しかない。
何故、こんな状況になっているのかといえば呪霊を深追いし過ぎたからだ。
任務で対峙していた呪霊が逃げ出し、後を追いかけていたのだが、山の中に逃げ込んでしまった。
勿論、追いかけた。追いかけている時に周囲を全く見ていなかった。途中、今回一緒の任務だった彼に待つように言われた気がしたが、呪霊を追うのに夢中になり過ぎて足を止められなかった。
結果、深追いしすぎて無事に呪霊を祓えたのはいいが、現在地が分からなくなって今に至る。
あの時、彼の言うとおりに足を止めていたら迷子になっていなかったかもしれない。
過ぎたことを後悔してもどうしようもないが、思わず溜息が漏れた。
制服のポケットから携帯電話を取り出してみる。やはり、圏外になっていた。
これはもう駄目かもしれない。迷子というより遭難になるのではないだろうか。

「いやだあー!遭難なんていやだあー!」

声に出したところで勿論誰かが何かを返してくれるわけではない。
虚しさだけが訪れる。
そういえば、と、あることを思い出した。太陽の位置で方角が分かると前に漫画で読んだことがある。
空を見上げてみれば、そこにはどんよりとした曇空が広がっていた。

「太陽見えないじゃん……」

がっかりしてその場にしゃがみ込んでしまった。
ここでじっとしていてもどうしようもないことは分かっている。かといって、何かいい案があるかといえばさっぱり思いつかない。
遭難という二文字が頭の中を駆け巡ってしまう。
と、そこで目の前に誰かが立つ足音と気配がした。
顔を上げるとそこには見知った人物が立っていた。

「ナナミン!?」

一気に安心した。
これでもう大丈夫だと思った。彼が現れただけでこんなに安心するのだから、やっぱり彼はすごい。頼りになる後輩である。
彼は何も言わずに、ついて来るように手で合図だけをした。
私は立ち上がって先に歩いて行く彼の後を追う。

「遭難したかと思って、もう駄目かと思ったよ……。このまま山と共に生きて行くしかないのかもしれない……でも、そうしたらパンケーキもパフェも食べれないどうしようって泣きそうだった」
「…………」

おかしい。
私がこれだけ言って彼が何も言わないのはおかしい。
いつもだったら、大袈裟過ぎでしょう、とか呆れた様に絶対口にしているはずだ。

「ナナミン?」

名前を呼んでもこちらを向かない。
スピードを緩めず、無言で歩を進めるだけだ。
ああ、そうかと、気付いた。彼の姿に安心して気付かなかったが、目の前の彼は彼の姿をしているけど彼本人ではない。呪霊ではない。何かは分からない。けれど、悪い感じは不思議と受けなかった。
私をどこに連れて行こうとしているのかは分からない。危なくなったらどうにかして逃げればいいかと思った。
お互いに無言のまま二十分くらいは歩いただろうか。
急に目の前の彼が足を止めこちらを振り返る。そして、前方を指差した。
その方向に視線を移すと、登山道といえばいいのだろうか。今まで歩いて来た様な獣道ではなく、人が歩く道がそこにあった。

「え?あれ?」

彼の姿がなくなっていた。
私が、彼から目を離したのはほんの一瞬だ。そのほんの一瞬で彼の姿は綺麗に消えてしまっていた。
きょろきょろと辺りを見回してみるが、どこにも彼らしき姿は見えない。最初から誰もいなかった様だ。

「名前!」

彼の声がした。聞き間違いではない。
呼ばれた方向に視線を向けると、登山道の方から慌てた様子で彼がこちらに向かってきていた。
私のところまで来ると安心した様に息を吐いた。

「探したんですよ。無事でよかった……!」
「ナナミン?」
「はい」
「本物?」
「何言ってるんですか?」
「よかった。今度は本物のナナミンだ!」
「は?」

彼の頭の上には疑問符が浮かんでいた。
何を言っているのかよく分からないのだろう。私も今し方の体験について、よく分かっていない。分かっていないが、迷子になっていた私を道案内してくれたことだけは確かだ。

「案内してくれたナナミンありがとー!」

彼の姿をして道案内してくれた誰か、いや、何かかもしれない。
どこに消えてしまったのかも分からない何かに、聞こえる様に出来るだけ大声で言った。
ちゃんと聞こえたかどうかは分からない。けれど、お礼を言う前に消えてしまった何かに届いていればいいなと思った。
隣にいた本物の彼は、心底不思議そうな顔をしている。
高専までの帰り道に、迷子になった私を道案内してくれた何かのことを話そうと思った。


2019/06/30

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