※会社員時代の話


時刻は深夜一時を過ぎていた。季節は冬、流石にこの時期の深夜一時過ぎは冷える。
電車に揺られ最寄り駅から出て吐いた息は白かった。
この冬何度目の残業だろうか。この時間帯に帰宅するのは慣れたものだが、好きで慣れたわけではない。定時で帰りたいに決まっている。
早く帰ろうと歩を進めていると、背後から声をかけられた。それはよく聞き覚えのある声であり、久しく聞いていない声だった。

「ナナミンだ!いやー偶然だね!久しぶり」

振り返ればやはり予想どおりの人物がそこにいた。

「名前……何故ここに?」

最もな疑問である。
冒頭でも述べたとおり時刻は深夜一時を過ぎている。そんな時間帯に何故彼女がここにいるのか。彼女の家はこの辺りではなかったはずだ。たしか彼女はここから大分離れていたところに住んでいたと記憶している。

「えっと、たまたま通りがかったみたいな?すごい偶然だよね、びっくりした!」

わざとらしい。棒読みすぎるし、目が泳ぎすぎである。
昔から彼女は嘘をつくのが下手くそだ。暫く会っていなかったが、そこは変わっていなくて少しだけほっとした。
彼女とは学生時代からの知り合いだ。私より一つ年上、そう彼女は五条さんと同級生である。そして、五条さんと仲が良く現役の呪術師である。

「名前……つくならもう少し上手な嘘をつけないんですか?」
「う、嘘じゃないもん!」

目を泳がせながら言われても説得力がない。
それに、彼女の赤くなっている頬を見ればこの寒さの中長時間屋外にいたことは明白であり、とてもたまたま通りがかった様には見えない。

「たまたま通りがかったにしては、随分と冷えてますね」

そっと彼女の頬に触れると驚いた様に目を見開いた。
思っていたより彼女の頬はひんやりと冷たい。

「あと何でそんなに薄着なんですか?」

彼女は冬だというのに、上着一枚羽織っているだけだ。
例えるなら、近所のコンビニにちょっと出かけるから上着を羽織って出て来ましたといった感じだ。

「えーっと、マフラーとか手袋とか忘れちゃって……えへへ」

思わず溜息が出た。
どうせまた上着だけ掴んで家から出て来たのだろう。
そういえば、学生時代にもそんなことがあったことを思い出した。今日の様な冬の日に、アイス買ってくるねと寮から出て行ったことがあった。その時も上着だけ掴んで飛び出して行った。

「全くアナタは仕方ないですね」

自分が巻いていたマフラーを解いて、彼女の首に巻いた。

「ナ、ナナミン!?」
「何ですか?」
「優しい!ありがとう」
「どういたしまして。で、ここからどうやって帰るつもりなんですか?終電過ぎてますよ」
「えっ……あ、歩いて帰るよ」
「たしかアナタの家は歩いて帰れる距離ではなかったはずでは?」
「……」

本日二度目の溜息が出た。
後先考えずに行動するところも昔から変わらない。

「仕方ありませんね、うちに来ますか?」
「いいの!?やったー!」

誘っておいてあれだが、少しは戸惑うとか遠慮するとかはないのだろうか。
まさかとは思うが、自分以外の男性から同様に誘われても軽々ついて行くのではないだろうかと心配になった。
いや、彼女は自分よりも一つ年上で心配する年齢ではないのだが、その言動を見ていると昔からとても年上には思えないのだ。
そもそも彼女は、私が誰にでもこんな時間に自分の家に来ますか?と誘うと思っているのだろうか。そこは勘違いしないでほしいところだ。彼女でなければ、タクシーを呼んで無理にでも帰らせる。
本日三度目の溜息を吐いて歩を進めた。

「では、帰りましょうか」
「はーい」

彼女が隣に並ぶ。
二人並んで夜道を歩く。流石に深夜一時を過ぎたこの時間に他に通行人はいなかった。

「ナナミン」
「はい」
「サラリーマンなんて辞めて戻って来なよ」
「……そうですね、考えておきます」
「えっ、予想外な回答だ!?」

驚く彼女に少し笑ってしまう。
予想外も何も、サラリーマンになって分かったことは労働はクソだということのみだ。そろそろそんな生活にも嫌気がさしてきたのは事実であり、呪術師に戻るのも悪くないのかもしれないとはぼんやりと頭の片隅にあった。

「それよりも名前、アナタはこんな時間に他の男性の家にも行ったりするんですか?」
「やだーナナミン、気になる?」
「ええ、気になります」
「え?」
「気になりますよ、悪いですか?」
「悪い」
「……」
「なーんて、悪くないよ。そんな心配しなくてもナナミン以外のお家に行ったりしないよ。ナナミンだけだもん」

さあ、早く帰ろうと真っ直ぐ進んで行く彼女に私は思わず声をかけた。

「名前、私の家はそっちではないのですが……」
「え!?」

こっちですよ、と彼女の手を取り角を曲がる。繋いだ彼女の手は、やはりひんやりと冷たかった。


2019/01/06

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