再開発に失敗した巨大建造物。ショッピングモールやホテル等が入る予定だったらしいが、今では廃墟と化している。
廃墟というと、人がいない印象を持ちがちだが、意外と人は来る。廃墟マニア、ホームレス、肝試しに来る者等。おまけにこの廃墟は、首都圏からそう遠くないということもあるのと、曰く付きという噂が広がり肝試しに来る若者が多いのだという。
そういうこともあり、呪霊が溜まる場所になっている。
どうやらここには、一級クラスの呪霊が二体いると聞いている。他にもその下から雑魚まで沢山の呪霊がいる。この場所に来た時に真っ先に多いなと思った。
それらを祓うのが、今日の私と彼の任務である。彼と一緒の任務は嬉しいが、出張といえるほど遠くもなく、場所が廃墟というのは非常に残念だ。任務にムードを求めているわけではないが、何故に廃墟なのか。もっと違う場所があるだろうと私は言いたい。
巨大建造物の中を歩いているが、丁度ショッピングモールのエリアだったのだろうここは、商品が並べられていた棚や籠、ショッピングカート等が虚しく残っているだけだ。
強い呪霊の気配はあるもののここから近くはない。これがターゲットである一級クラスの呪霊かはまだ分からない。呪霊の数の多さに上手く気配を紛らわせている様だ。つまり、そういうことが出来る頭を持った相手ということになる。向こうもこちら側の様子を探っているのだろう。
私としては、早くそのターゲットである一級クラスの呪霊に登場してほしいところだ。そして、さっさとその二体の一級クラスの呪霊を祓って、カフェに行ってパンケーキが食べたい。
人間誰しも何故だか分からないが、無性に何かをしたい何かを食べたいという時があるだろう。私は、今まさにそれに陥っていた。無性にパンケーキが食べたい。口に入れたら蕩けてしまう様なふわふわのパンケーキが食べたい。

「パンケーキが食べたい」

隣を歩いていた彼が、溜息を吐いた。
無意識のうちに声に出ていたらしい。

「任務が終わったら付き合いますよ」
「えっいいの!?やったー!」

やはり彼は優しい。自然と頬が緩む。
任務が終わったらパンケーキを食べに付き合ってくれるというのだから、俄然やる気が出てきた。早く任務を終わらせてパンケーキに会いに行きたい。

「やる気出ましたか?」
「うん!」
「それはよかった。では、ここら辺で二手に分かれますか」
「えっ?」
「その方が早く終わるでしょう」
「あっそっか」
「名前はそこの階段から登って上の階をお願いします。私はこのフロアが終わったら、地下へ降りてみるので」
「りょーかい」
「また後で」
「うん、またねー」

手を振って分かれた。
階段を登って二階へと向かう。ここもショッピングモールだった様で、今まで通って来たエリアと大差はない光景が続いている。
二階へ入って、数分経っただろうか、やけに雑魚レベルの呪霊が増えてきた。たまに三級、二級らしいのも混ざっている。
それらを適当に片付けていると、突然背後に殺気を感じた。床を蹴って横に避ける。私が立っていた床が凹んだ。
そこには、人型だが目が顔の真ん中に一つだけついている呪霊がいた。
この殺気は、間違いなくターゲットの一級クラスの呪霊だろう。ようやく出会えたことに喜びを感じる。こいつを祓えばパンケーキが待っているのだから。
目の前の呪霊は、私に攻撃を躱されたことが分からないのか首を傾げ一つしかない目をぎょろりと動かした。気持ちが悪い。

「オマエ、ツヨイ?」
「うん」
「デモ、ザンネン……オレノホウガツヨイ。ソシテ、アニジャハ、モットツヨイ。オマエトイッショニキタヤツ、イマゴロシンデル」

カタコトだが、よく喋る。
彼がもう一体の、この呪霊曰く兄の方にやられるだなんて随分と面白いことを口にするものだ。思わず笑みが漏れる。

「ナナミンなら強いから平気だよ。早く終わらせよう。私はパンケーキが食べたい」
「ハ?」

**

彼女と分かれたフロアでは、ターゲットの一級クラスの呪霊はいなかった。
地下へと下りると、デパート等で食品が陳列されている棚だけが取り残されていた。ここは、おそらくスーパーの様なフロアだったのだろう。それが今では呪霊に巣食われている。
進むにつれて、呪霊の数が増えてきた。ターゲットの一級クラスの呪霊が出て来るのなら、これらに紛れて来るだろうかと思っていると予想通り、殺気を感じた。
真上からの殺気に、床を蹴って横に移動する。次の瞬間、私がいた場所へと穴が空いた。同時に呪霊が現れる。
人型のそれは、顔の真ん中に一つだけ目があった。ぎょろぎょろと目玉を動かす様は不気味だ。呪霊は、耳まで裂けた口を開いた。

「避ケタ?」

この呪霊が今回のターゲットの一級クラスと見て間違いないだろう。武器を握る手に力を入れる。
じっとこちらを一つの目で見てくる呪霊は、再び口を開く。無駄口が多い。

「オ前強イ。デモ、俺ノ方ガ強イ。俺の弟ハ、俺ノ方ガ強イト思ッテイルガ、実ノトコロ俺ヨリ弟ノガ強イ。オ前ト一緒ニ来タ相手ハ今頃、弟ニ喰ワレテル」

随分と面白いことを口にする。
目の前の呪霊の言う弟とやらが、どのくらい強いかは知らないが、彼女であればやられることはないだろう。
何より、この任務が終わった後のパンケーキを楽しみにしている彼女が一方的にやられるということは考えられない。

「名前なら強いので心配はないですよ。それに、私は彼女のことを信頼してますから」

言いながら、呪霊へと攻撃を仕掛ける。
一手目は、躱されるが、これは読み通り。躱されることを想定していた。呪霊の背後へと回り込み、攻撃を当てる。
攻撃は当てた。当てたはずだが、狙ったところから少しずらされた。流石は一級クラスといったところだろうか。
多少威力は落ちたが、ダメージは確実に与えている。攻撃が当たった片脚が動かない様だ。脚をずるずると引きずっている。
トドメを刺すために一歩、呪霊へと近付いた。

**

丁度、呪霊を祓い終えたタイミングで後方から轟音が響いた。
コンクリートが崩れる音とこの場に相応しくない呑気な声が聞こえてきた。その声の持ち主こそ、轟音を響かせた張本人である。

「あちゃー、やり過ぎちゃったかな?パンケーキが待ち遠しすぎて力加減がなー……」

天井だったところに歪に空いた穴から彼女が飛び降りてきた。

「あ、ナナミン!やっぱり大丈夫だった」

こちらへ駆け寄ってくる。

「名前も無事で何よりです。それにしても、また派手に壊しましたね」
「あーうん、穴空けて真下に降りた方が階段探して降りるより早いかな?って」

気の抜けた様な笑みを浮かべる彼女に、怪我をした様子は見当たらない。
彼女であれば、大丈夫だろうと思っていたが無事な姿を目にし、やはり安堵する。
彼女が空けた天井の穴を眺め、いつも通りのことなのだが、相変わらず滅茶苦茶する人だと思う。
以前にも今日と同じようなことがあったことを思い出す。似たような建物での任務の際、彼女は手っ取り早いという理由でやはり天井やら壁やらを壊した。壊しすぎて、建物が崩落して上に怒られることになったのはまた別の話である。

「ナナミンもターゲット祓い終わったでしょ?これで終わりだよね?残りの雑魚とか後片付けは、他の呪術師がやるもんね?」
「そうですね」
「よーし、終わりだ〜!早くパンケーキ食べに行こう!」
「まずは報告が先でしょう」
「はーい……」

分かりやすいくらいにがっくりと項垂れる彼女に、少し笑みを漏らてしまう。
パンケーキは逃げませんよ、と告げ廃墟となったショッピングモールを後にするため歩を進める。途中、彼女が壁を壊した方が早いと張り切り出したが、やんわりと止めておいた。


2019/05/06

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