絶対に一人で休憩室に来てね、と彼女に念を押された時点で何かあるんだろうと予想はついていた。
復帰一日目、久しぶりに高専の敷地内に足を踏み入れた。諸々の手続き、といっても大したことはないそれらを終わらせ、仕方なく彼女に言われたとおりに一人で休憩室に向かう。
休憩室の前で一旦足を止める。ドアを開けるとパーンっと大きな音と同時に紙テープが飛んできた。クラッカーだ。目の前にいるやたらテンションが高い彼女と五条さんが同時にクラッカーを鳴らしてきたのだ。
クラッカーは人に向けて鳴らすものではないと知らないのだろうか。クラッカーの注意書きにもちゃんと書いてあるだろう。いや、この二人が注意書きを読むタイプには到底思えない。
肩にかかった紙テープを払いながら自然と溜息が漏れた。

「ナナミンおかえりなさーい!」
「七海おかえりー!」

目の前の二人は、悪戯が成功した子供の様にハイタッチを決めている。
昔からこの二人のノリが全く変わっていないことに、またこの場所に戻って来たことを感じる。同時に、この二人が自分より先輩であることを考えると少し頭が痛くなった。

「ということで、ナナミンおかえりなさいパーティ昼の部を開始しまーす!企画は、悟と私。メンバーも悟と私。何故なら、硝子には手が離せないと断られ伊地知には誰だったか忘れたけど誰かの送迎があると断られたからです」
「みんな薄情だよねー」
「ねー」

いや、特級と一級のこの二人が逆に何で揃ってここにいるのかの方が疑問である。忙しさならこの二人も比ではないだろう。
昼の部と彼女は言った。ということは、夜の部もあることが想像が出来る。そして、おそらくだがこの昼の部の時間を作るために何かしら二人で画策したのだろう。そこには深く突っ込まない方がいいのだろうと思った。

「はいはーい、主役は早く座ってくださーい」

彼女に引っ張られるがままにソファーへと連れて行かれる。私がソファーへと座ると隣に彼女、向かい側に五条さんが座った。
テーブルには、三人で食べるには多すぎるくらい大量のお菓子類と飲み物が用意されていた。
暫しの間、お菓子を食べながら自分がいなかった頃の話を彼女や五条さんから聞いていたが、一旦会話が途切れた後に五条さんが思い出した様に口を開いた。

「そういえばさ、賭けは僕の勝ちだよね?」
「う゛っ……!」

隣の彼女がタイミングよく食べていたドーナツを喉に詰まらせた。飲み物を手渡しながら、五条さんに続きを促す。

「賭けとは?」
「七海が出てった後、戻ってくるか戻ってこないかで賭けてたんだよね。負けたら、勝った方の一週間パシリでさ。で、僕は戻ってくる方に賭けて、名前は戻ってこない方に賭けてた」

本日二度目の溜息が出た。全くこの先輩二人は何をしているのだろうか。人を賭けの対象に使わないでほしい。
何とか飲み物でドーナツを流し込んだ彼女は振り絞った様に声を出した。

「オ、オボエテナイナー」

相変わらず、嘘をつくのが下手クソすぎる。
視線が明後日の方を向いているし、誤魔化す様に口笛を吹こうとしているが全く吹けていない。空気の抜ける音だけが虚しく響いている。

「名前は昔から嘘つくの下手すぎでしょ。大体あんな落ち込み方してたくせに、覚えてないはずないじゃん」
「え、そんなに落ち込んでたんですか?」
「うん、あんな落ち込み方してる名前を見たのはあの時が初めてだよ。僕が七海は、絶対戻ってくるから大丈夫だって言っても、無理……きっとこのままもうナナミンに永遠に会えないんだとか言っていじけてたし、落ち込みすぎて甘いもの全く食べなかったもんね。信じられる?甘いもの大好きな名前がだよ?名前に、甘いもの渡して断られたのなんてあれ以来見たことないね。重症すぎだろ?で、その後、なんとか回復したかと思ったら鬼気迫る感じで任務に没頭し始めたりして、あの頃の名前は……」
「あー!あーっ!悟!それ以上余計なこと言わないで!」

早口でペラペラと捲し立てる五条さんを途中で遮る様に彼女は声を荒げるが、殆ど既に言い終わっているのでそれは意味がない。
それにしても、私が高専を出た後の彼女の様子には驚いた。
高専最終日のあの日、いつもと変わらない調子で、まるで翌日も変わらない日常が続く様な雰囲気でまた明日、と彼女は挨拶してきた。私もそれにつられ、同じ様にまた明日と返して別れた。それきりだ。
彼女があの日、偶然を装い声をかけてくるまでは一度も会っていない。勿論、連絡も取っていない。
彼女も、そんな風に落ち込んでいたとは口にしたことはなかった。寂しかった、とは言っていたが、まさかすぎる落ち込み方に驚きを隠せない。
甘いものに目がないあの彼女が、甘いものを全く食べないところなど見たことがなかった。今日もテーブルの上に用意してあった大量のお菓子の中から、チョコレートやドーナツなど甘いものばかり食べていた。
隣に座っている彼女は、五条さんに彼女の言う余計なことを言われ、がっくり、と項垂れてぶつぶつと呟いている。

「何で悟はナナミンの前でそういうこと言っちゃうかなあ……?恥ずかしすぎて穴があったら埋まりたい」

そんな彼女に五条さんはニヤニヤとした笑みを浮かべながら更に追い討ちをかける。

「ということで、賭けに負けた名前は一週間僕のパシリ決定ー!」
「いやだあー!ナナミン助けて!」
「無理です」

助けを求めてられたところでどうしようもない。というか、五条さんにのせられて賭けに乗った彼女が悪い。自業自得である。
いやだ、という彼女の叫び声が休憩室中に響き渡った。

**

「疲れた……」

彼女の帰りを休憩室で待っていると、覚束ない足取りで休憩室へ入って来た。彼女はそのまま私が座っているソファーの向かい側のソファーへと倒れ込んだ。
五条さんのパシリにされて丁度一週間。その最終日のことである。なんとか一週間、五条さんのパシリに耐え切った彼女は、心なしか一週間前より少しだけやつれた様に見えた。
話しを聞けば、焼きそばパン買ってきて、何か面白い話して等どうでもいいことから五条さんの任務に連れて行かれ、それはもうこき使われたのだという。
最初は、賭けに乗った彼女の自業自得だと思っていたが、その話を聞いていたら同情してしまった。

「疲れた……もう無理動けない」
「お疲れ様です」
「……」
「何か甘いものでも食べに行きますか?奢りますよ」

ソファーへ倒れ込んだままピクリとも動かない彼女を見かねて、彼女の好きな甘いものでも食べれば回復するだろうかと思い、声をかけると勢いよく起き上がった。

「行く!ナナミン優しい!大好き!」

もう動けないのではなかったのか?というツッコミを入れそうになったが、彼女の嬉しそうな顔を見たらそのツッコミは引っ込んでいった。

**

彼女が行きたいと言ったカフェに来ている。
テーブルの向かい側に座る彼女は、先程からメニューを前に真剣な表情をしていた。

「決まりましたか?」
「うん、チョコレートパフェとパンケーキとプリンとジェラートそれから……」
「名前」

メニューを私の方へ向け、記載されているメニューを一つ一つ指差しながら口にしていく彼女の名前を呼び一旦止める。
彼女はというと、頭に疑問符を浮かべ不思議そうにこちらへ視線を寄越してきた。

「まさかそれ全部頼むつもりですか?」
「うん」
「食べれるんですか?」
「うん、今なら食べれる!」

ものすごくいい笑顔が返ってきた。
疲れたと休憩室に入って来た時のげっそりとした顔が嘘の様だ。
これで彼女が元気になるのなら、まあ、いいだろう。今に始まったことではないのだが、私はどうにも昔から彼女に甘い。


2019/04/24

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