※学生時代


放課後の教室で七海は学級日誌を書いていた。
同学年が七海と灰原しかいないため、当然学級日誌を書く順番が回ってくるペースは早くなる。というか一昨日も書いたばかりだ。灰原は明日まで出張の任務のため、仕方がないのは重々承知であるが明日も自分が書くことに若干の面倒臭さを七海は感じていた。
あともう少しで本日分の日誌を書き終えようとしていたタイミングで、教室の前の扉が勢いよく開くのと同時に聞き覚えのありすぎる声が飛び込んできた。

「ナナミン見つけた!」

教室中に響くような大きな声で七海の名前を呼ぶその人物は一学年上の名前である。
にこにことした笑みを浮かべながら教室に足を踏み入れると、まるでそこが自分の席であるかのように七海の隣の席である灰原の席へと腰かけた。

「あ、日誌書いてたの?」
「はい」
「ナナミンあのね、ペン使ってカラフルにしない方がいいよ」
「は?」
「え?」
「……そんなことするはずがないでしょう」
「えっしないの!?」
「しませんよ。まさかしたんですか?」
「うん。いつもと同じじゃつまんないから、気分転換にペンでカラフルにしたら怒られちゃった」
「何してるんですか……」
「えへへ」
「褒めてませんよ」
「えー……」

わざとらしく残念がってみせる名前に自然と七海の口角が緩む。
つい名前の会話のペースに乗ってしまったが、そういえば、と七海は思い返す。名前は教室に入って来た時に、七海のことを探していたようだった。何か用事があったのではないか、と名前に問えばそれはあっさりと否定された。

「探していたわけではないんですか……」
「うん」
「……では、何故?」
「だってナナミンとは学年違うし会わない日もあるじゃない?だから約束とかしてないのに偶然会えたら嬉しいなって!」
「……」

何と返答したものか、と七海は言葉が出てこなかった。
相変わらずにこにことした笑みを浮かべている名前に照れている様子は微塵もない。純粋に、たった今名前が口にした言葉の通りに偶然会えたことが嬉しいのだろう。鈍すぎるが故に自分の発言の意味に気づいていないだけということは名前との付き合いでよく理解はしている。
が、仮に、これが逆であったとして、七海は偶然名前に会えたことが嬉しかったとしても口にするのは急拵えで考えた何かしら適当な理由だ。名前のように、思ったことを素直に口には出来ない。

「本当に、アナタには敵いませんね」

七海の発言に一瞬きょとんとしたような顔をした名前だったが、次の瞬間には嬉しそうな笑みを浮かべていた。

「よく分からないけど私が勝ったってこと?やったー!」

七海の言葉の意味を七海が意図した真意とは別のかたちで名前が受け取ったことは確かだ。
しかし、七海は名前の嬉しそうな表情を見ていると自分の意図とは違った風に伝わってしまっていたとしてもまあいいか、と思えてしまうのだ。それを今日に至るまでずっと繰り返している。


2024/06/13

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