繁忙期ということもあり、立て続けの任務で彼女はだいぶ疲労が蓄積されていた。
おまけに、その任務内容がどうやら毎度面倒くさいものに当たってしまっているようで、帰宅時間も自然と遅くなり寝不足でもある。彼女の目の下には、通常であればないはずの隈がはっきりと出来ていた。
疲労と寝不足が合わさってしまった彼女は、極限の状態らしく先程から様子がおかしい。
「ふふふ……音楽にはヒーリング効果があるんだって」
そう言いながら、ソファーで寝転がりながらスマートフォンを操作している。クラシック音楽でも再生するのかと予想をするが、耳に入ってきたのは全くの予想外なものだった。
音楽と言っておきながらそれは音楽ではなく音である。
「名前……これは?」
「鶏から揚げてる音」
「……」
「あっ天ぷらの方が好み?」
「いえ……そうではなく……。というか、その二つに違いはあるんですか?」
彼女は少し考える素振りをした後にゆっくりと口を開いた。
「こういうのは、聞き分けるのではなく感じるのです」
一応言っておくが、彼女は素面である。飲酒はしていない。
疲労と寝不足がこうも彼女にまるで酔ったような言動をさせている。
今の彼女に必要なのは休息だ。スマートフォンで鳥の唐揚げを揚げる音を流しながらソファーでごろごろしている場合ではない。
「名前、今すぐ寝てください」
「分かった」
そのままソファーで丸まって寝ようとする彼女に思わず溜息を漏らす。
「ベッドで、寝てください」
「………………うん」
長い沈黙の後に返事をすると、彼女はもそもそと起き上がると寝室へとゆっくりと歩いていく。彼女が片手に持っているスマートフォンからは、相変わらず鳥の唐揚げを揚げる音が流れ続けている。
「あっ」
何かを思い出したように彼女は足を止めた。
「ねえナナミン、もしかして豚カツ揚げる音の方がよかった?」
「名前、お願いですから今すぐベッドで寝てください」
「……了解でーす」
敬礼をすると再び寝室に向かっていく彼女の後ろ姿を眺めながら、あの様子だとベッドに入ってからまた何か新たなことを閃いて大人しくは寝ないだろうな、とこれまでの経験から予測がつく。
彼女のことを寝かしつけるしかないと思い、リビングの電気を消すと寝室へと急いだ。
2022/07/03