まるでカフェで約束でもしていたかの様に、彼は自然と向かい側の席へと腰掛けた。
夏油傑、現在高専から追放されている彼は真昼にカフェに現れていい存在ではないと私は思う。
手に持っていた食べかけのサンドウィッチを皿へと戻した。
目の前の人物は、近くを通った店員さんを呼び止めるとコーヒーと私と同じサンドウィッチを注文した。
このカフェのサンドウィッチは絶品と評判である。午前中にこの近くで任務があり終わった時刻が丁度昼近くだった。なので、お昼を食べて帰ろうとここに足を運んだ。一応、言っておくが、このカフェに来たいからわざと任務が昼近くに終わるように調整したわけではない。断じてそんなことはない。
彼に視線を向ければ、にこやかに笑みを浮かべていた。
平日の真昼からこんなところにふらふらと現れるなんて、高専を追放されるとそんなに暇なのだろうか。それとも、やっぱりニートなのだろうか。

「この前ぶりだね」
「そうだね。傑は暇なの?」
「いや、暇ではないよ。たまたま通りがかったらここに名前がいるのが見えたから寄ってみたんだ」
「ふうん」
「私も昼がまだだったから一緒に食べようかと思ってね。名前がいるってことは、ここの店は美味しいんだろ?」
「よく分かっていらっしゃる」

そういえば、彼が高専にいた頃にカフェ巡りに付き合ってもらったことが何度かあった。
美味しいものが食べたい私は、口コミ等を参考にお店をセレクトしていたのもあり、あまりハズレを引いたことはない。そのこともあって、私が選んだお店はハズレではないと彼は認識していたのだろう。

「傑はさ、高専関係者にこんなに気軽に話しかけていいの?」
「君じゃなきゃ話しかけないよ」
「今日も友人として?」
「ああ、友人としてだよ」

などと、たわいのない話をしていたら彼が注文したコーヒーとサンドウィッチを店員さんが運んで来た。
彼はテーブルの上に置かれたカップを手に取り、コーヒーを一口飲んだ。カップをソーサーの上へと戻すと、サンドウィッチを手に取り食べる。
私も食べかけだったサンドウィッチを手に取り、再び食べ始めた。

「このサンドウィッチ美味しいね」
「でしょ?狙ってたの、ここのお店」
「大方、近くで任務があって丁度昼時に終わるように調整して、ここにお昼を食べに来たとかそんなところかい?」
「や、やだなー傑くん。そ、そんなことするわけないじゃないですかー」
「ははっ、相変わらず嘘が下手だね」

彼は、昔と変わらない笑顔でケラケラと楽しそうに笑う。それを見て、少しだけほっとした。
私は、嘘が下手だとよく言われる。というか、昔からみんなに言われる。
自分ではポーカーフェイスを決めているつもりなのに、表情にすぐ出るから分かりやすいとよく言われる。
悔しかったので、ナナミンにポーカーフェイスの練習に付き合ってもらったことがある。練習を始めて少し経ってから、呆れた様に向いてないので諦めた方がいいのでは?と溜息混じりに言われた。
一つ目のサンドウィッチを食べ終えた彼は、何かを思い出した様に口を開いた。

「名前は、もしも、高専に入っていなかったら今頃何をしていたか考えたことがあるかい?」

何故、そんなことを聞くのか彼の意図は分からない。表情からも読み取ることが出来なかった。

「うーん、考えたことないかなあ。多分、普通に暮らしてたと思うけど……どうして?」
「もしも高専に入っていなくて名前と出会っていなかったら、こうして過ごすこともなかったのかと思ってね」
「ふうん、そうかもね」

言われてみれば確かに、と思う。
しかし、私も彼も高専に入らないという選択肢はあったのだろうか。仮になかったのだとしても、高専に入った後で、途中で辞める選択肢はある。ただ彼の場合は、辞めたわけではなくて追放されたが正しい。
私の場合はどうだろう。高専を卒業後、ずっと呪術師として生きてきた。途中で辞めたいと思ったことがないといえば嘘になる。けれど、今日まで呪術師を続けてきた。呪術師をやりながら、好き勝手に自由気ままに生きてこれたというのが大きな理由かもしれない。
ナナミンに一般的なサラリーマンの生活を聞いた時は、衝撃を受けたと同時にげんなりした。私には無理だと、絶対に向いていないと思った。
結局のところ私は呪術師にしか向いていなかったのかもしれない。
もしも、私が高専に入っていなくて呪術師ではなかったら、それこそニートになっていたかもしれない。
だから、これでいい。何より私はこの世界で、目の前の友人を含め、かけがえのない大切だと思える人達に出会えたのだから。

「傑はさ、私がもしも呪術師じゃなかったら私のことも猿だと思った?」
「……思っただろうね」
「そっかー」
「けれど……」

何かを言いかけた彼の言葉の続きを待っても、それを口にすることはなかった。
代わりに少しだけ寂しそうな笑みが返ってきた。彼はこんな風な笑みを浮かべることが今までにあっただろうか。
彼のその表情の真意は分からないが、それ以上この話題について話しを続けようとは思わなかった。
わざとらしかったかもしれない。それでも、無理やり話題を変えると彼の表情は和らいだ様な気がした。


2019/04/16

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