どこまでも続く桜並木を彼と並んで歩いている。
見覚えのないこの場所はきっと初めて来たのだろう。
丁度、見頃を迎えた満開の桜は青空とのコントラストが美しい。
だが、違和感に気づく。周囲がやけに静かなのだ。鳥の声ひとつしない。人もいない。気配すらない。呪霊が私に見せている幻覚かと思ったがその気配もない。それに、昨夜私はいつものようにベッドに潜り込んで眠った記憶がはっきりとある。であれば、これは夢に違いない。
何より私の隣を歩いている彼の存在がそれを物語っているではないか。

「綺麗ですね」
「えっ、う、うん」

桜のことを言っているのに思わず驚いてしまう。
私の少し上擦った返事を聞いて、彼は口元を緩ませた。穏やかな笑みを浮かべる彼を目にしたのはいつぶりだろう。

「名前」

見惚れるようにしていると、彼は私の名前を口にする。
彼に名前を呼ばれるのもよく聞き慣れているはずの声も、最後に聞いたのは遠い昔のような感覚だ。

「約束、守れなくてすみませんでした」

何について彼が謝っているのかは、この状況からすぐに分かった。去年、桜を見に行った時に来年も桜を一緒に見る約束をしたことについてだ。
現在進行形で守ってくれているというのに何を謝る必要があるのだろうか。こうしてまで約束を守ってくれるところが彼らしいというのに。
突然、強めの風が吹き抜ける。舞い上がる花びらと共に彼が一歩私から遠ざかっていく。慌てて離れていく彼の手を掴んだ。

「ナナミン待って!来年もまたこうやって一緒に花見するって約束して……!」

彼が何かを言いかけようとした途端、再び風が大量の花びらが舞い上がり視界を塞ぐ。
しっかりと彼の手を掴んでいたつもりだったが、いつの間にか彼の姿は綺麗に消えてしまっていた。
まるで最初からそこには彼がいなかったかのように、変わらずどこまでも咲き誇る桜並木があるだけだった。


2022/05/08

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