最初に異変に気づいたのは彼だった。
朝食を食べていた手を止めると彼は不思議そうに口を開いた。

「名前、今日は四月二日ですよね?」

彼の質問に、パンを食べようとしていた手を止める。
昨日は、エイプリルフールで嘘をついてもいい日だからと私は彼に実は今日はケーキをいっぱい食べないとダメな日らしいよ、と嘘をついて見事に見破られてしまったことは記憶に新しい。私がついた嘘で、私がケーキを食べたいのかと思った彼が二人揃っての久々の休日だからと、美味しいケーキセットがあるカフェに連れて行ってくれた。その後、買い物等をし、まったりとした一日を過ごしたのだ。
そう、間違いなく昨日は四月一日だった。

「うん」
「そうですよね……」

煮え切らない様子の彼に首を傾げる。

「どうかした?」
「先ほど、アナウンサーが今日四月一日と言っていたのが聞こえてきたので……。聞きませんでしたか?」
「……うん、食べるのに夢中で……」

彼が作ってくれたスクランブルエッグを食べるのに夢中で全く耳に入ってきていなかった。
アナウンサーの言い間違いなのでは、と思ったが、もし間違っていたら訂正をするはずだ。それならば、彼が今日の日付に疑問を持つことはなかっただろう。
手近にあったリモコンでテレビのチャンネルを変えてみる。画面が変わり、屋外にいるアナウンサーが丁度天気予報を伝えようとしているところだった。

「今日、四月一日のお天気をお伝えします」

アナウンサーのその言葉と同時に、テレビ画面にも四月一日の天気という文字が表示されている。訂正する様子は全く見られない。
今度は自分のスマートフォンで日付を確認してみる。画面には四月一日と表示されていた。

「え、四月一日になってる……。ナナミンは?」
「同じです」

私に見えるように彼は自分のスマートフォンを差し出してくれた。そこにはやはり四月一日と表示されている。

「……何で?」
「分かりません」

二人してわけが分からないと首を傾げる。
昨日、私たちは間違いなく四月一日を過ごしている。であるのに、今日もまた四月一日になっている。なんだか狐に摘まれたような気分だ。

「……呪霊、とか?」
「それも思いましたが、全く気配がない。名前は感じますか?」
「ううん、感じない」

呪霊の影響であれば何か気配を感じることが出来るはずだ。
何も感じないというのは一体どういうことなのだろう?呪霊の影響ではないのだとしたら、何の影響でこうなっているのか予想がつかない。



四月一日を繰り返してから今日で二週間になる。
この間、原因を突き止めようと二人で奔走したが未だ分からずじまいだ。
明らかになったのは、日付が変わる直前にどこにいようが日付が変わると四月一日に戻り、本来の四月一日にいた場所、つまり彼の部屋のベッドの上で再び四月一日の朝を迎えるということ。そこから過ごす四月一日は、彼と私のみ本来の四月一日とは別の行動を取れること。この二週間繰り返した四月一日の行動は、彼と私のみ全て記憶しているということ。
彼と私以外の全ては、ゲームのNPCのように四月一日を過ごしている。
原因を探るためにさまざまな場所へと訪れたが彼と私のように、四月一日を繰り返していることを自覚している人間には誰一人として出会わなかった。
正直、お手上げである。原因が呪霊のせいではなく他の何かであるのだろうという時点で、私達の専門外であり対処の仕方が不明だ。
幸いなことに、この四月一日からある期限内に脱出しなければ生死に関わるようなことや段々と身体が弱っていく等ということも今のところは全くない。ただ、延々と四月一日が終わればまた四月一日がやって来るだけだ。
ならば、逆らわずに繰り返される四月一日を楽しめばいいのではないかと脳裏に浮かんでしまう。今までお互い任務が忙しくやりたくても出来なかったことはたくさんある。それらを実行するには絶好の機会なのではないだろうか、と考えて我ながら随分と呑気というか前向きな性格をしていると実感する。
そう思えるのは、この繰り返される四月一日に閉じ込められた相手が彼だからなのだろう。もしも、このまま永遠にここから脱出出来ないのだとしても、彼と一緒なら平気だと思ってしまっている私がいた。
満開の桜並木の中を並んで歩く。繰り返されるのが、丁度桜が満開で天気が良い日でよかったと思わずにはいられない。これが、もし嵐の日を延々に繰り返さなければならなかったとしたら気分は憂鬱になる。繰り返されはするが、今この瞬間を写真に収めておこうとスマートフォンを手に足を止める。

「……名前?どうかしましたか?」

いきなり立ち止まった私の方を彼は不思議そうに振り返った。
春の柔らかい日差しを受けた満開の桜と彼はとても綺麗で絵になるなあ、とぼんやりしながらスマートフォンの撮影ボタンを押す。
もう一枚撮ろうとしたところで、ひらひらと舞いながら落ちてきた桜の花びらが一枚彼の肩の上へと乗った。
それを目にして、もしかしたら、と三月三一日の任務先でのことが脳裏に浮かび上がる。
三月三一日、その日私は一人で都内から少し離れたとある廃墟で呪霊を祓った。正確にいうのならば、どこだか分からない山中でのことになる。
というのも、その呪霊は逃げ足が早く追いかけているうちに呪霊がいた廃墟から随分と移動し、気づけば木々が深く生い茂る山の中に来てしまっていた。
どうやってここまで来たのかは勿論分からなかったが、じっとしていても埒があかないと私は適当に歩くことにした。スマートフォンで補助監督に連絡を取ろうとしたが、圏外で使い道にならなかった。
どこをどう歩いたのかも分かないが、一時間ほど経った頃古びた鳥居が現れた。当時は、木々の緑の中にくっきりと浮かび上がる鮮やかな赤色をしていたのだろうそれは、今では色褪せてしまっていた。鳥居の先には、小さいが本殿がある。鳥居同様に古びてしまったそれの屋根の上には葉っぱがたくさん乗っていた。
普段であれば通り過ぎるだろうその神社に、私は誘われるように鳥居を通り境内に足を踏み入れた。
中には、御神木なのだろう大きな桜の木が本殿の斜め前に生えていた。丁度、満開を迎えているそれからはひらひらと花びらが舞い落ちてくる。私の目の前に落ちてきた花びらを手に取った。薄い桃色をした花びらを眺めながら、昨年も忙しくゆっくりと彼と花見をする暇がなかったこと、今年も同様に忙しくおそらくまた花見の時期を逃してしまうのだろうな、と思った。

「……ずっと桜が咲いてたらいいのになー」

つい言葉を漏らしてしまう。
もし、ずっと桜が咲いていてくれたのなら、いつでも満開の桜を彼と眺めることが出来るのに、と。
確かにあの時、そう思い口に出した。だが、しかし、まさかそんなことがあるのだろうか。

「ま、まさかね……」
「……名前?」

彼が再び私の名前を不思議そうに呼ぶ。
何でもない、と咄嗟に取り繕ってみたが顔が引き攣ってしまっている私に彼は気づいたはずだ。
このまま彼に何も言わないという選択はない。ただもう少し自分の中で整理をしてから、きちんと彼には伝えたい。今の私は軽く混乱してしまっている。
全く分からなかった四月一日を繰り返すようになった原因が、古びた神社の中で、ずっと桜が咲いていたらいいのに、と口に出してしまったことかもしれないとはにわかには信じられない。
そう願ったわけではない。ただ口に出してなんとなく言っただけで、四月一日が繰り返されるだなんて誰が思うだろうか。
可能性の一つにしか過ぎないが、私の中ではすっかりとそれが確信に変わってしまっている。
きっと原因がそこにあるのなら、もう一度あの古い神社へと行かなくてはならないのだろう。
だが、問題がある。山中で偶然見つけたあの古い神社への行き方が分からないということだ。


2021/09/21

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