※学生時代


雑誌のページを捲る音がやけに大きく響いた。
今、寮の共有スペースには私と彼女しかいない。寮を利用している人間は全て出払っているようだ。
そのため、静寂に支配された空間で向かい側に座る彼女は雑誌を読み、私は先日買った小説を読みながら暇を持て余していた。

「ねーナナミン」

不意にその静寂を破ったのは彼女だった。
小説から彼女へと視線を移す。

「何ですか」
「誕生日いつ?」

唐突に尋ねられて頭の上に疑問符を浮かべる。
彼女の意図が読めない。いや、彼女の意図が読めない質問は今に始まったことではない。今更である。

「七月三日です」
「夏生まれなんだねー。えーっと七月三日は……蟹座?ナナミン蟹座なんだ!」
「はい」
「なになに……蟹座と私の星座の相性は……」

相性占いをしているらしい。ここで彼女の意図を理解した。
私は占いというものに興味がないし信じてもいない。普段であれば特に気にはならないのだが、相手が彼女であるのなら話は別だ。彼女との相性は気になる。

「ちょっと待って」

彼女が私との相性占いの結果を口にするのに、待っていたというのに彼女は真面目な顔でそう一言だけ口にした。

「……何をですか?」

一体、何を待ってほしいというのか続きを促すようにそう問えば彼女は雑誌に向けていた視線を私へと移した。

「七月三日って言った?」
「はい」
「明日じゃん!」
「…………そういえば、そうですね」

言われてから気づいた。
高専に入学してからというもの慣れない環境と控えめに言っても忙しかったこともあり、すっかりと忘れてしまっていた。もし覚えていたとしても、いつもと変わらない一日を送るだけだ。

「何でもっと早く言わないの!?」
「言う必要あるんですか?」
「あるよ!」
「……何故?」
「だって誕生日だよ!するでしょ!?誕生日パーティ!」
「……いえ、特にしないですけど……」
「えっ!?しないの……?」
「はい」

すごく驚いた表情を向けられた。
これは彼女が何か勘違いをしていると察する。おそらく今まで一度も誕生日パーティをしたことがないとかそういう勘違いをしてしまっているに違いない。流石に、幼い頃は家族にしてもらった記憶はある。
私が誤解を解こうとするよりも、彼女が行動を起こす方が先だった。

「じゃあ、今年はします!ナナミンの誕生日パーティ!」
「あ、はい」

彼女の勢いに押されて反射的に返事をしてしまう。

「となると、こうしちゃいられない!」

そう言うと、彼女は手にしていた雑誌をテーブルの上に放り投げ、走ってどこかに行ってしまった。と思ったら、すぐに戻ってきた。

「明日の放課後、絶対予定空けといてね!」

再び彼女の勢いに負けてしまう。
少し遅れて肯定の返事をすると、満足したような顔をしてまたどこかへと走り去ってしまった。
彼女にテーブルの上に放り投げれられた雑誌は、星座占いが掲載されているページが開きっぱなしになっている。
気になっていた彼女との相性を見ようとして、彼女の星座が分からないことに気づく。先程、彼女は私の星座としか口にしていない。目安をつけるにしても、私は彼女が何月生まれなのかすら知らない。
きっと誕生日を聞いたら彼女はすんなりと教えてくれるだろう。私には彼女のように何の脈絡もなく誕生日を尋ねるのはなかなかに難易度が高いため、いかに自然な流れでそういう会話に持っていくかである。そこのところは追々考えておくことにした。



二十三時半を過ぎた頃、メールを一件受信した。
開いて見ると彼女からで、まだ起きてる?とだけ書いてあった。起きていることを返信すると、すぐに彼女からまたメールが返ってきた。打つのが早いなと思いながら、開くとまだ寝ないでねとだけ書いてある。何故?とだけ打って彼女へと送ったがその後は何も返ってこなかった。
まさか私にはまだ寝るなと言いながら、彼女は寝落ちてしまったのだろうか?と考えその可能性を否定出来ないことに思わず溜息を漏らした。彼女ならそういうことをやりかねない。何より彼女は夜にあまり強くない。
とりあえずあと少しだけ起きていようと昼間読んでいた小説の続きを読むことにした。小説を読み始めて数十分経った頃に、電話の着信音で小説の世界から現実へと引き戻される。携帯電話のディスプレイには彼女の名前が表示されていた。寝落ちたわけではなかったのかと思いながら、通話ボタンを押し私が口を開くよりも先に彼女の声が飛び込んできた。

『ナナミン誕生日おめでとう!』

予想していなかった彼女の言動に動きが止まる。

『あれ?ナナミン?聞こえてる?もしもーし、誕生日おめでとーございまーす!』
「……ちゃんと聞こえてます」
『よかったー』

時刻を確認すると日付が変わっていた。
私が生まれた日である七月三日。成る程、彼女は電話をかけて私が寝ていたら起こしてしまうことになるから、それを避けるために事前にあのメールを送ったのかとようやく合点がいった。

『ねえナナミン、私の他にも誕生日祝ってもらったりした?』
「いえ、名前だけですよ」
『ホント?やったー!一番乗りだ!』

電話の向こうで彼女が嬉しそうに笑っている光景を思い浮かべるのは容易い。

『あっでね、放課後の誕生日パーティみんな出てくれるって!大きいケーキも予約し……あっ何でもない!今のは忘れて!』

無茶を言う。ばっちりと聞こえてしまっている。秘密にして私を驚かせたかったのだろうが、つい口走ってしまう彼女が彼女らしくて頬が緩むのを感じた。
きっと彼女は私の誕生日パーティをするために、彼女の同期と灰原に声をかけケーキを選んで予約したりと他にも色々と準備をしてくれたのだろう。
ここで忘れるのは無理だと少しだけ意地悪をするのは簡単ではあるが、私を驚かせたかったという彼女の意図を汲み何も聞かなかったことにすることにした。

「分かりました。何も聞いてません」
『だ、だよねー。私何も言ってないもんね?…………ありがとう』

お礼を言わなければならないのはこちらである。
私の誕生日を知ってから短時間で誕生日パーティの準備をしてくれたこと、一番に祝ってくれたことを純粋に嬉しく思う。
もしあの時、彼女が私に誕生日を訪ねなければ私は誕生日だということを忘れていて、特にいつもと変わらない一日を過ごしていただろう。それを彼女が特別な日にしてくれた。

「お礼を言うのは私の方です。祝ってくれてありがとうございます」
『……うん!』
「放課後も楽しみにしてますね」
『うん、楽しみにしてて!プレゼントもねー……あっ!?』
「名前……」
『うっ……き、聞かなかったことに……』

また口を滑らせてしまった彼女に苦笑する。

『ナ、ナナミン聞いてないよね?ね?』

必死に確認してくる彼女に、今度はわざと曖昧な返事をする。
意地悪をしたいわけではない。そろそろ寝た方がお互いのためであることは分かっているのだが、あともう少しだけ彼女との会話を長引かせたかったのだ。


2021/07/03
ナナミン誕生日おめでとう!

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