彼女の話の振り方は唐突だ。
一つのソファーに並んで座り、映画を観ていたのだがエンドロールに入ったところで彼女は何の脈絡もなく話題を振ってきた。

「ねえナナミンは本が好きでしょ?」

観ていた映画の感想かと思いかけたが、そうではない。観ていたのは刑事物だ。映画の内容と本は全く関係がない。
何故いきなり本の話題になったのかは分からないが、彼女なりに何か思うところがあったのだろう。彼女との付き合いも長いので、今回のようなやり取りには慣れきっている。

「はい、好きですよ」
「じゃあ、もし、本が全部この世からなくなっちゃったらどうする?」
「それは……」

真っ先に思い浮かべたのは、とある小説だ。
読書といっても、読むものは漫画ばかりの彼女はおそらく読んだことはないと思うのだが、その小説のことを指しているかのような質問にもしや、と淡い期待をしてしまう。

「まるで華氏◯51度のような世界ですね」
「菓子?」

首を傾げている彼女はやはり知らないようだ。
彼女と共通の小説の話が出来たら、私とは着眼点が違う彼女の感想が聞けて面白いだろうという淡い期待は簡単に打ち砕かれてしまった。
そして、お菓子が好きな彼女は間違いなく華氏ではなく菓子だと思っている。

「お菓子ではないですよ」
「えっ!?」
「温度……と、いえば分かりますか?」
「音頭の歌詞?」

更に不思議そうに首を傾げる。
その独特な連想力は面白いのだが、このままでは話が進まない。

「名前……絶対違う意味を想像してますね……」

テーブルの上に置いていたスマートフォンを手に取り、メモ帳を開くと文字を入力し彼女へと画面を見せる。
彼女は、ああっとようやく合点がいったような表情をした。

「その華氏なんとかってどんな話なの?」
「本の所持、読書をすることが禁止された世界の話です」
「えっ本って全部?漫画もダメってこと?」
「はい」
「それってつまんなそう……」
「そうですね」
「じゃあ、もしそれを破ったらどうなっちゃうの?」
「本は燃やされ、本の持ち主は逮捕されます」
「警察に?」
「警察……というか、それ専用の機関があるんですよ」
「へー」
「なので、本がないんですよあの世界は。隠し持っている以外は」

ふうん、と彼女は少し考える素振りを見せた。

「じゃあ、もし……その世界と同じようになったとしたら、ナナミンはどうする?本を隠し持つ?」
「…………持たないでしょうね。本は読みたいですが、それで逮捕はされたくないので」
「バレなきゃ平気だよ」

さらりとそう口にする彼女に思わず溜息が漏れる。

「名前はもしそうなったら、隠し持つ気なんですね」
「うん」
「でも、やめておいた方がいい」
「えっ何で?」
「アナタは嘘をつくのが下手でしょう。すぐにバレますよ」
「うっ……そ、そんな……!?」

もしも、の話でまるで本当に事が起こったかのようにショックそうな顔をする彼女につい口元が緩んでしまう。
そうやってすぐに表情に出てしまうところが、
彼女が嘘をつくのが下手な理由である。本人は気にしていたこともあったようだが、私は彼女らしくてそのままの彼女でいいと思っている。

「その話の中で、本を隠し持っていた人はいなかったの?」
「いましたよ」
「やっぱり!ねえナナミン、その華氏なんとかって本持ってる?」
「持ってますよ。読んでみますか?」
「うん、読みたい!」

彼女から小説を読みたがるのは珍しいなと思いながら、私は自室へと向かうと本棚の中から目当ての本を手に取り彼女の元へと戻った。

「どうぞ」
「やったー!ありがとう」

本を受け取ると、彼女は思ってたより文字が細かいんだね、とパラパラとページを捲っていく。
活字を読み慣れている側からすると特に文字が細かいようには感じないが、普段小説を読まない彼女から見るとそう感じるらしい。その反応が新鮮に思えた。

「えへへ、読むの楽しみー」
「名前が小説に興味を持つのは珍しいですね。そんなにこの話が気になったんですか?」
「んー……話しててこの本に興味が沸いたというのもあるんだけど、ナナミンが読んだことある本を読んでみたいなーって思って。同じ本を読むのってなんか嬉しいじゃない?」

幸せそうな笑みを浮かべながら、さらりとこういうことを口にする彼女はずるい。

「……そうですね。では、今度アナタが読んだ本も貸してくれませんか?」
「えっいいの?私漫画ばっかりだよ」
「構いません。名前が面白いと思ったものを貸してください」
「分かった、まっかせて!」

どれにしようかな、と考え出した彼女が一体どんな本を選択して貸してくれるのか楽しみだ。
それに、彼女が華氏◯51度を読んでどんな感想を抱くのかも。おそらく私には思いつかないような感想を彼女は口にするのだろう。


2021/06/21

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