※学生時代


足を怪我した彼女を背負っている。
と言うと、任務で怪我をしたように思うかもしれないがそうではない。
擦り傷程度のたいしたことのない怪我はあったかもしれないが、任務ではお互いに大きな怪我はしなかった。
では何故、彼女は足を怪我したのかといえば、普通に歩いていて歩道の凹みに足を取られ転んだからだ。
ことの顛末はこうである。
任務を終えた後に彼女は近場だから気分転換に歩いて帰ると、補助監督が運転する車には乗らずに歩き出した。その補助監督と彼女とはよく同じ任務になることが多く親しい。そのため、彼女が今回のように歩いて帰ることは多々あるようで、特に気にした風もなく気をつけてくださいよ、とまるで妹に世話を焼くように彼女に告げて高専へと戻って行った。
私は、彼女とは別々に帰るつもりはなかったので彼女に誘われるがままに彼女と帰路を共にした。
何気ない会話をしながら、特に急ぐでもなく歩いていると急に隣にいた彼女の姿が視界から消える。驚いて足を止めると、彼女はアスファルトの上に崩れ落ちるように腰を下ろしていた。
どうやら、彼女の歩いていた場所に凹み、穴のようになっていた所へ足を取られ膝が抜けたようにその場にへたり込んでしまったようだ。
私に心配をさせたくなかったのか、大丈夫だと笑みを作りながら立ち上がった彼女だったが一歩足を踏み出した途端に呻くような声を発し止まってしまった。その様子からすぐに足を怪我してしまったことが見て取れる。
大丈夫ですか?と聞けば、彼女は大丈夫だと無理をして答えるだろう。我慢しなくていいところで我慢をしてしまうのが彼女の悪い癖である。
だから、彼女が強がる前に私の背中に乗るように先手を打った。彼女は、戸惑っていたものの最終的には観念したように私の肩に手を置いた。
そうして、彼女を背負って高専までのあと少しという道のりを歩いているところで冒頭に戻る。

「ねえ、ナナミン……その、重くない?」
「はい」
「ホントに?」
「ええ、重くありませんよ」

よかった、と安心している彼女に思わず一息吐いた。
重くないと口にしたことに間違いはない。寧ろ普段あんなにたくさん食べている割には軽すぎるくらいだ。重さは問題ではない。では、何が問題なのかといえば、背中に当たっている彼女の柔らかいものにどうしても意識が向いてしまうということだ。なるべく気にはしないようにと平然を装おうとしているが、それはかえって逆効果になってしまっていた。
足を怪我した彼女に背中に乗るように促したのは自分である。それは無理をして歩くことで更に怪我を悪化させるわけにはいかないからであり、彼女のことを心配しているからそうした。
彼女に背中に乗るように促した後で、補助監督に連絡を入れて迎えに来てもらった方がよかったのでは?ということに気づいたが、高専まであと少しという距離ということ、迎えを待っている時間とこのまま歩いて行く時間はさほど変わらないので気づかないふりをした。
正直に言えば、多少の下心がなかったのかといえば嘘になる。少しはあった。相手が他の誰でもない彼女であるのだからそれは仕方がないことだ。
幸いと言っていいのかは分からないが、鈍感な彼女はそれらには全くといっていいほど気づいていなかった。

「ねーナナミン」
「何ですか?」
「コンビニ行きたい」
「ダメです」
「えー」
「名前……怪我を治してからにしてください」
「今日発売のプリンが食べたい」
「後にしてください」
「えー……プリンが逃げちゃう」
「プリンは逃げません」
「運命のプリンが……」
「何ですかそれ……」
「お願いナナミン。ちょっとプリン買うだけだから……ね?」

彼女のお願いには弱い私だが、折れる気は全くない。
彼女を背負ったままコンビニに行くのが嫌なわけではない。彼女が怪我をしてないのだったら言われるがままにコンビニへと方向転換している。一刻を争うような怪我をしているではないと思うが、治せる怪我なのだから早く治してもらった方がいいに決まっている。

「ナナミンー……プリンが待ってる」

コンビニの方向へ向かう気配がない私に、なんとかして向かわせたいのだろう彼女は諦めようとしない。
きっと気分転換に歩いて帰るというのは建前で、最初からプリンを買って帰るつもりだったのだろう。

「プリン……」

溜息を一つ落とす。

「名前」
「おっついにプリン?」
「違います」
「えー」
「怪我を治した後、一緒に買いに行きますから……それではダメですか?」
「えっいいの?」
「はい」
「じゃあ、いいよ。我慢する」

意外にもあっさりと承諾した彼女に少し驚いた。

「……我慢出来るなら最初からしてください」
「えーだって……」
「だって何ですか?」
「ナナミンと一緒にプリン買いに行って、食べたかったんだもん。高専に戻ったら一緒に買いに行ってくれないと思ったから……」

彼女は今どんな表情をしているのだろうか。
声のトーンから想像することは容易いが、振り向いてみたくなってしまう。
果てしなく鈍い彼女は、自分が言った言葉がどれだけ思わせぶりなものか認識してないのだろうなと思う。
無意識でこちらが期待するようなことを言う彼女は本当に困った人だ。何故、こんなに困った人に惹かれてしまったのだろうと何度目か分からない疑問を抱きながら高専までの帰路を急いだ。


2021/05/31

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