※学生時代


月明かりを頼りに山道を歩いて行く。
懐中電灯も持ってきているけれど、今宵は満月で明るいので必要ない。それに、この方が風情があってよい。
しんっと静まりかえった山道に響くのは二人分の足音と、山道を包み込む様に生えている木々が風で揺れるさわさわという音と、たまに聞こえてくる動物、鳥、虫の鳴き声くらいだった。
何故、夜に山道を二人で歩いているのかというと、夜桜を見に行くためである。
春になり、丁度桜が見頃を迎えた。となれば、花見をしたくなる。そうだ夜桜を見に行こうと思い、思い立ったら即行動派な私は買い溜めしていたお菓子と飲み物を手当たり次第にリュックに詰めて寮の部屋から出た。そのタイミングで、丁度私に用事があったらしい彼が部屋の前にいたので、夜桜を見に行こうとお誘いして現在に至る。
山道を歩き始めて、おおよそ三十分くらいは過ぎた頃、少しの間途切れていた会話を再開させる様に彼は口を開いた。

「名前」
「んー?」
「結構歩いた気がしますが、この先に本当に桜の木があるんですか?」
「あるよ」
「というか、何故こんな山の中に桜が咲いてるのを知ってるんですか?」
「気になる?」
「ええ」

それは、と私は話出す。
入学してすぐにこの広い高専敷地内を探検したことを。小学校、中学校も同じ様に敷地内を探検した。これから自分が過ごす場所のことを知っておきたかったというのがある。といっても、大半を占めているのは好奇心だ。単純に、広い敷地に何があるのか気になった。
担任にお願いして、簡易な見取り図を入手した私はそれを頼りにひと通り探検した。高専という場所が場所だけに、もしかしたら隠し部屋的なものがあって探検し切れなかった場所がまだあるかもしれない。
今向かっている桜の木は、その探検の時に見つけたのだ。山道を暫く進んで行った先に、少しだけ開けた場所がある。そこに大きな桜の木が一本生えているのだ。
山奥に一本だけ生えている桜の木、一体何という種類なのか気になって調べてみると山桜だという。
それを見つけた時も、丁度見頃の時期で満開に咲いた桜の花がとても美しかったのをはっきりと覚えている。

「高専敷地内だし、こんな山の中だから花見客で混んでるはずがないし、穴場中の穴場だよ!」

最高でしょ?と続ける私に、彼はそうですねと静かに微笑んだ。

**

丁度、満開を迎えた桜の木は見事にその姿を魅せていた。満月と満開の桜の木の組み合わせは素晴らしい。
月の光が桜の木を照らし、青みがかった淡いピンク色に見える様が美しい。ひらひらと舞う花びらがより幻想的な雰囲気を醸し出していた。
その満開の桜の木下にレジャーシートを敷いて、持ってきたお菓子類と飲み物をリュックから全て出した。
彼はその量を見て若干引いていた。花見といえお菓子。お菓子がないと始まらないのだから、買い溜めしていた私を褒めてほしいところである。
レジャーシートの上に、二人並んで座りコーラで乾杯をした。コーラを飲みながら、ポテトチップスを食べる。塩味が口内に広がる。そこへ再びコーラを流し込む。しょっぱいのと後に続く甘味が絶妙である。

「名前は本当に花より団子ですね」
「桜も見てるから大丈夫!」
「そうですか?」
「見てるよ!それにしても、夜にポテチ食べながらコーラを飲むのってなんかテンション上がるよね」
「そんなにテンション上がるのは、アナタくらいでは?」
「えっそうなの!?ナナミンはテンション上がらないの?」
「アナタほどではないですね」
「そっかー。あっじゃあ、ポッキーならどう?テンション上がる?」
「そういう問題では……」

彼は呆れた様な表情をした後に、一旦そこで言葉を区切る。
そして、空を見上げながら言葉を続けた。

「でも、まあ、こういうのも悪くないですね」

そう言って、薄く笑った。
彼はよく笑う方ではないとは思う。もし彼がゲラゲラ笑っているのを目にしたら、何かあったのかと心配してしまうし、逆に怖い気もする。
悟とかは、七海はもっと笑えよ等と彼に絡むことがある。いつも彼に適当に流されているけれど。
でも、自惚れかもしれないが彼は私の前では割と笑ってくれる様に思う。今日もそうだ。それだけで、夜桜を見に誘ってよかったと思う。何より、私はそれが嬉しいと感じるのです。


2019/04/07

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