俺が初めて彼女を目にした時、真っ先に綺麗だと思った。同時に可愛いとも思った。
しかし、その中にどこか冷たさが混ざった深い闇の様なものも感じた。それらを含めて彼女自身の魅力に感じてしまうのは、俺がこの瞬間に一目惚れというやつをしてしまっていたためだろうか。
彼女を最初にどこで見かけたかといえば、この街の観光客等が近付かない路地裏に連れて行かれそうになっているところだった。たまたま、偶然にそれを目撃したのがこの後に続く彼女との関係の全ての始まりだ。
彼女は一目見ただけでこの街の人間ではないことが分かった。身に付けている服装が明らかに高価な物であるし、彼女が纏う雰囲気にどこか気品の様なものを感じる。
そんな彼女は何故ここに来たのだろうか?あまりにもこの場所に不釣り合いだ。おそらく観光にでも来て、迷ったところをあの柄の悪い男達に絡まれたのだろう。不運である。
このまま放っておいたら彼女がこの後どんな目に合うのかは想像するのは容易い。この現場を目にして放っておくわけにもいかないだろう。元々、放っておく気もないのだが。
彼女を裏路地へと連れ込もうとしている男達に彼女が困ってるから手を離せと言ったところで、はい、そうですかと素直に引いてくれる相手ではないだろう。
少々手荒いが脅した方が効果はある。ポケットから折りたたみナイフを出し、彼女の腕を掴んでいる男の首筋に背後からそれを突きつけた。

「随分と楽しそうだな?俺も混ぜてくれねぇか?」
「!?」
「何だこいつは!?」
「お、おい……こいつショーターだ」

何だ俺のことを知っているのか。俺も有名人になったものだ。
俺の名前を口にした奴が、逃げるぞと真っ先に背を向け走り出す。その後を慌てて追う数人の男達、俺が首筋にナイフを突きつけている男は仲間に待てと呼びかけるが誰も待っちゃいない。

「ったく、逃げ足だけは早ぇな」
「お、おい、ナイフを……」

どけてくれと言う男の声は最後の方は消え入るような声だった。
今にも逃げ出したいのだろうが、それでも彼女の腕から手を離そうとしないその太々しさはある意味素晴らしい。

「おい、いい加減彼女から手を離せ」
「わ、分かった、離すからナイフをどけてくれ……」

男はゆっくりと彼女の腕から手を離した。解放された彼女の腕は、男に掴まれていたところが赤くなっていた。どれほど力強く掴んでいたのだろうか。
溜息を吐き、男の首筋からナイフを離した。ナイフが首筋から離れた途端に男は一目散に逃げて行った。
それを呆けに取られた様に見ていた彼女に声をかける。手に持っていたナイフは折りたたんでポケットにしまった。もう必要ないだろう。彼女を怖がらせるつもりはない。

「大丈夫か?」

俺の声に反応し彼女の視線がこちらに向けられる。
初めて視線がかち合った瞬間だった。深いブラウンの瞳が綺麗だ。吸い込まれそうな瞳という表現があるが、こういうことを言うのだと思った。

「ええ、大丈夫よ。ありがとう」
「腕は?強く掴まれてたろ」
「これくらい平気よ」
「そうか?無理すんなよ」
「ええ」
「ところで、何でここへ?観光か?」
「ええ」
「観光に来るのをどうこう言うつもりはないが、あんたみたいな可愛い子が一人でここら辺歩いてると危ないぜ?」
「そう?でも、平気よ。私強いから」

ふわり、と笑ってみせる彼女が嘘をついている様には見えない。だが、彼女が強そうに見えるか?といえばノーだ。全くそうは見えない。
どこをどう見れば強そうに見えるのか。先程も男達に絡まれて困っていたじゃないか。
それともあの後、俺が声をかけるのがもう少し遅ければ彼女が何か反撃をしていたのだろうか。成る程、その可能性もあったわけだ。
彼女の言う強さがどうこうものでどのレベルのものなのかは分からないが、せっかく彼女と関われたこのチャンスを逃すのは勿体ない。つまり、口説かないという選択肢はない。

「ところでさ、インスタやってる?」
「は?」

おっかねえ。先程とは打って変わって、明らかに冷ややかな視線を向けてくる。
彼女のことを綺麗で可愛いと冒頭で言ったが、そんな彼女の冷ややかな視線というものは恐ろしいものがある。すごく冷たい。
まず、こういう時はどう声をかければよかったのか誰か教えてほしい。いきなりインスタをやっているかどうかを聞くのは間違っていただろうか。
彼女の冷ややかな視線を受けてどう取り繕ったものか思考を巡らせていると、彼女ははっとした様にそして申し訳なさそうに謝ってきた。

「あーごめんなさい。びっくりしちゃって……」
「いや、こっちこそ悪ぃ。驚かせるつもりはなかったんだ」

先に謝らければならなかったのは俺の方だろう。気を使わせてしまった様だ。
彼女は少し考える素ぶりを見せると、一つ頼みがあるのだと言う。

「別に構わねぇが、何だ?」
「私こっちに来たばかりでここら辺のことよく知らないの。迷惑じゃなければ案内してほしいんだけれどダメかな?」

勿論だと二つ返事で了承した。
インスタの下りで完全に失敗したと思っていたのだから、こちらとしては願ってもいない頼みである。断わる理由がない。
それから、彼女を連れて道案内をした。道中に色々な話をした。
彼女の名前は、名前・ロレンツィーニ。昨日イタリアからやって来たばかりだという。アメリカには留学に来たそうだ。留学に来るくらいなのだからおそらく彼女は頭が良いのだろう。
しかし、彼女は留学には来たくなかったのだと言う。何故なのか?と理由を聞けば、お気に入りのジェラート屋さんのジェラートが食べられないからだと即答された。それを聞いた俺は笑ってしまったのだが、彼女は真面目な顔で重要なことなのと続けるから俺は更に笑ってしまった。

「あなたにもあのジェラートを食べさせてあげたいわ。あれを食べたらもう他のジェラートは食べられないんだから……って、それはちょっと大袈裟か?ううん、そんなことはないはず……」
「へえ、そりゃぜひ食べてみてぇな」
「本当!?約束するわ、いつかあのジェラートをあなたにご馳走してあげる。楽しみにしていて」

嬉しそうに言う彼女が今日一番可愛く見えた。彼女は本当にそのジェラートが大好きなのだろう。会話とその表情から彼女のジェラート愛が伝わってくる。そのジェラートが羨ましいだなんて、少しだけ嫉妬したのは秘密だ。
会話をしてみると、益々彼女のことを知りたいと思った。道案内の道中、沢山の話をしたのにそれでも話し足りない、話題が尽きない。
彼女ともっと色々な話をしたいところではあるが、そろそろ夕暮れだ。名残惜しいがここいらで道案内は終わりにすべきだろう。

「と、こんなところか。まだ他にもあるが一日で回るのは無理だな」
「思ってた以上に広いのね」

そこで一旦言葉を区切り、考える素振りを見せる彼女の次の言葉に期待をしてしまう。

「あなたの迷惑じゃなければ、また今度今日の続きをお願い出来る?」

期待通りの言葉だった。勿論、と即答した。また彼女に会う口実が出来たことが嬉しい。
次に会う約束をし、その日は彼女と別れた。これが俺と彼女との初めての出会いだ。
その後、何度か道案内の続きをし友人という過程を経て、現在の恋人同士という関係になるわけだ。
そんなことを懐かしんでいたら、思いのほか感慨に浸っていたらしい。彼女の俺を呼ぶ声で意識が引き戻された。

「ねえショーター」
「……」
「ショーターってば、話を聞いてる?」
「ん?ああ、悪ぃ悪ぃ、何だ?次のデートは動物園に行くんだろ?」
「違う。やっぱり聞いてなかった。今のは絶対違うことを考えていた顔だったものね」

どうやら彼女にはお見通しらしい。
もう、と少しだけむくれた様な表情をする彼女のその表情でさえも可愛いと思ってしまう。
可愛くないと思ったことがないと言った方が正しいか。出会ってから今日まで彼女は色々な表情を見せてくれたがその全てが愛おしく思う。

「悪かった。もう一度話してくれねぇか?」
「仕方ないから話してあげる。今度はちゃんと聞くよーに」
「おう」

彼女の話に耳を傾ける。彼女の声が耳に心地よい。
仮に、騒々しいところで彼女が俺のことを呼んだとしても、彼女の声はすぐに分かる。きっと聞き分けることが出来るだろう。
ありすぎるほどに自覚はあるが、改めて俺は心底彼女に惚れ込んでしまっていると思った。


2018/11/25

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -