何の前触れもなく鳴ったスマホの着信音。
ディスプレイに表示されている名前を見れば、ここアメリカに来てから出来た大事な人の名前が表示されていた。
今日は会う約束もしていなかったはずだが、どうしたのだろう?と思い電話に出れば今すぐ来れるか?と聞かれた。特に予定もないので、二つ返事で了承すれば、急いで来いよ!と彼は言う。
急げと言う割には切羽詰まった様な声色ではなく、どちらかいうと何か企んでいる様な悪戯っぽさを含んだ声色だった様に思う。一体、どうしたのだろう?と疑問に思いながら私は急いで彼がいるチャイナタウンにある彼らがよく集まっている店へと向かった。

***

店へと一歩踏み入れた途端、待ち構えていた様に彼は開口一番にトリックオアトリート!と口にした。
いきなりのことと彼の着ぐるみの格好に驚いてぽかんとしている私に再び同じ台詞を口にする。


「トリックオアトリート!」
「あー、お菓子だっけ?残念ながら何も持ってないわ……」


両手を上げる様にして言えば彼は悪戯そうな笑みを浮かべた。
成る程、電話での何か企んでいる様な声色はこれだったのかと理解する。確かお菓子を持っていない場合は悪戯をされるはずだ。イタリアにはハロウィンに仮装をして、この様にパーティをする習慣はあまりないので知識レベルでしか知らない。
最も最近ではイタリアでも、アメリカ式のハロウィンも増えてはきている。


「なら、悪戯だな」
「ショーター、狙ってたでしょ?」
「いんや、そんなことないぜ?ということでっと……」


彼は後ろ手に持っていた何かを素早く私の頭へと付けた。
何かが装着されたことは分かるが、一体何だろうとそれを外そうとしたら彼に止められる。


「外したら悪戯になんねえだろ」
「だって気になる」
「しゃーねえな、ほら」


スマホをインカメラにして差し出される。
そこに映っている自分を見て、自分の頭に何が付いているのか理解した。


「猫耳」
「可愛いだろ?」
「まあ、私が可愛いのは当然だけれど」
「お前ホントぶれねえな」


当然でしょ、と言ってみせれば彼は笑う。


「と、そうだった。ようこそ、ハロウィンパーティーへ」


思い出した様に彼は恭しく私へお辞儀して見せた。
しかし、格好が着ぐるみなだけに全然しまって見えないのが残念だ。


***


ひと通り騒ぎに騒いで皆眠ってしまった店内の中で起きているのは私と彼だけになっていた。
店主はいつものことなのか既にどこかにどこかに行ってしまっていない。
イタリアにいた時は、今回の様なハロウィンパーティーをしたことがなかったので新鮮に感じた。
そもそも、イタリアでのハロウィンは翌日の諸聖人の祝日のイブ、更にその翌日の死者の日に重点が置かれるために浮かれたお祭りというイメージがないのだ。


「こうやって騒ぐのも楽しいものね。オレンジ色のケーキには驚いたけど」
「イタリアにはないのか?」
「なくはないかもしれないけれど、あんなに奇抜なオレンジ色はどうだろ?少なくとも私は今日初めて見たかも」


へえ、と彼は相槌を打ちながら手にしていた飲み物を口にした。
その飲み物の色も奇抜な緑色をしていてどうしてこう派手な色をした食べ物が多いのだろうか?と不思議だ。
ここに来て差し出された飲み物も真っ青な物だった。恐る恐る口にしてみたらただただ甘かった。


「ねえ、気になってたんたけれど、ショーターのその着ぐるみは何?」
「今更かよ!?」
「聞くタイミングがなかったの」
「あー狼男だよ……。つーか、何に見えてたんだ?」
「うーん、流行りのアニメキャラクターの格好なのかなって」
「……」
「狼男だったのね、可愛い」


モフモフした身体に抱きついた。
ぬいぐるみをぎゅっと抱きしめた感覚とぬいぐるみの匂いがした。


「……どうした?やっぱり何かあったのか?」
「え、何で?」
「いや、なんかいつもと違う感じがしたからな」
「……」


そんな素振りを見せたつもりはないのだが、彼はそういうところに目敏い。
以前にも特に表に出していたわけではないのにもかかわらず、私がイライラしていた時に彼はそれを察して気分転換に行こうとバイクに乗せてくれたことがあった。
今回もそうだ、私のちょっとした変化にすぐに気づく。そうやって、心配してくれるから私もついつい彼に甘えてしまうのだ。
今回は多分そう、寂しさだろう。


「別に何もないけど、充電させてほしくて」
「充電?」
「朝になったらイタリアに帰るの。暫く会えなくなるから……その充電をね」
「暫くってそんなに長くイタリアにいるのか?」
「え、5日?」
「すぐじゃねえか……」
「すぐじゃない」


ぎゅっと抱きついていた腕に力を込めれば、ポンポンと頭撫でられた。


「久しぶりの実家なんだろ?ゆっくりしてきたらいいじゃねえか」
「……」


***


空が白くなってきて、夜が明けてきたことを告げる。
まだ空の暗い部分には星が微かに輝いているのが見えた。
そんな時間帯に外を出歩いている人は少ない。全く出歩いている人がいないというわけではないのがこの街らしい。
途中まで見送ってくれた彼にここまでで大丈夫だからと向き直った。


「送ってくれてありがとう。お土産買って来るね」
「おう、気をつけてな」
「ショーター」
「ん?」
「ハロウィンパーティー楽しかった。ありがとう」
「ああ、楽しめたんならよかったぜ」
「それでね、今年は仮装出来なかったけど、来年は私もするから、また一緒にハロウィンしようね」
「おう、そりゃ楽しみだな。何の仮装してくれるんだ?」
「グロいゾンビ」
「何で!?」


冗談だよ、と笑って彼に手を振って別れた。
空を見上げれば先程よりも白んできている。今日もいい天気になりそうだ。


2018/10/29

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