随分と懐かれたものだと思う。
最初からこんなに懐かれていたわけではないし、名前が特別に人懐っこかったといえばそうではない。警戒心は人並み――いや、人並みよりは少しばかり高いくらいだった。
阿良々木の幼馴染である名字名前。阿良々木経由で知り合ったわけでも、怪異絡みで知り合ったわけでもない。ただの偶然、そう偶然だ。ただの偶然で口には出したことがないが、今のような関係即ち世間一般的にいう恋人同士という関係になったわけだ。何故そういう関係になったのかといえば、そりゃあ当然色々あったわけだが、詳細をいうつもりはない。端的に言えば、名前があまりにもしつこかったのだ。今までにもしつこい人間というものはいたが、名前の場合それの比ではなかった。
それに、コイツは騙せないのだ。騙しづらいとかそういうわけではなく、騙せない。コイツに嘘は通じない。それは何故かといえば、コイツの守護霊によるものだ。そりゃあ強力な奴がコイツを守っている。騙せないのはその作用の一つというわけだ。
詐欺師からして見れば相性最悪である。相手にしたくない、というか相手にする意味がない相手である。それでも、今の様な関係になったのは、何度も言うがコイツがあまりにもしつこかったからだ。
そんなわけで、今に至る。あと、一つ言っておくとすれば別に俺はロリコンというわけではない。
今回、戦場ヶ原の依頼で俺は神様化した千石撫子を騙すためにこの街に来ているが、それについては名前にはただ端に仕事だとしか伝えていない。まあ、いつも仕事の内容についてコイツに詳細を教えるかといえば答えはノーだ。コイツも、特に仕事の詳細までは気に留めていないようではあるし、いつもどおりといえばそうなる。
宿を取っているホテルの一室で、ソファーに座っている名前へ冷蔵庫から飲み物を取り出し差し出した。
女子高生をホテルの一室へ連れ込んでいるこの状況は、犯罪的な臭いがしないでもないが、コイツとの関係は先に述べたとおりであるし、あまり気にしないことにする。コイツはコイツで大人っぽく見えるでしょ?とか何とか言ってコイツなりに大人っぽい格好をして来ている様であるし。まあ、俺にはよく分からないが。
名前へ飲み物を渡すと、隣へと腰掛けた。自分の分の飲み物を一口、口へ含み隣へと視線を向ける。さっき、コイツの格好が大人っぽいのかはよく分からないと言ったが、成る程こうして改めて見ると、制服姿の時に比べればいくらか大人っぽくは見えるような気はした。
ふと名前がもし千石撫子の様な立場になったら、一体コイツはどうしようとするのか気になった。同じ様に神にでもなるのだろうか?何となくだが、名前はそうならない様な気がした。


「なあ名前、例えばの話だ」
「?」
「例えばお前の好きな奴がお前ではなく他の女を好きだったとする。その場合、お前はどうする?お前の好きな奴をその他の女と一緒に殺そうと思うか?」
「……えっと、」


少し驚いた様な表情を浮かべた後に、考える素振りを見せる。数秒の沈黙の後に口を開いた。


「私の場合で話をすると、それは貝木さんをってことになるんですけど……」
「ああ、それで構わない。お前は俺を殺そうと思うか?」
「嫌です。思いません……殺したくないです。もし、そういう状況になったとしたら――」


再び、数秒の沈黙。
真っ直ぐに俺の目を見ながら名前は口を開く。


「私が死にます」
「!?」
「それも、貝木さんの目の前で死にます。きっと、その光景が暫くは……ううん、一生忘れられないものに。あ、でも、貝木さんは忘れちゃうかなあ……無理にでも忘れようとするのかなあ?それはちょっと寂しいですね……」
「……」
「ともかく、私は貝木さんの目の前で死にますよ。邪魔者の私がいなくなって、その他の女の人と仲良くしてもどこかで私の影がちらつくように……一生私の死を背負っていけばいいんですよ。ふとした瞬間に、私の死に様を思い出せばいいんですよ。ざまあみろって言いながら死んでやりますけど――もしかして、そんな予定があるんですか?」


薄く笑いながら、捲し立てる名前に少し背筋が寒くなった。口に笑みを浮かべてはいるが目は全く笑っていない。
おそらく、そういう状況に陥ったら名前は確実に今言ったことを実行に移すだろう。そうだった、普段はそれを表には出すことは少ないがコイツはどこかにこういう狂気を潜めている女だった。


「いや、そんな予定はない」
「本当に?」
「分かるだろう」
「まあ、……はい」
「そんな予定は有り得ない、安心していいぞ」


頭を撫でてやれば、嬉しそうに気が抜けた様に笑う。今しがた浮かべていた笑みが嘘の様だ。



「じゃあ、何でいきなりそんな話をしたんですか?」
「色々あってな……お前の意見を聞きたくなっただけだ」
「ふうん、きっとお仕事のことなんだと思うので深くは聞きませんけど、気をつけてくださいね」
「何だ心配なのか?」
「そりゃあそうですよ。いけませんか?」
「いや……」


素直に言われると反応に困る。
それを隠す様に、先程より少し乱雑に名前の頭を撫でた。


2017 9 3
こちらも結構前に書いていたもの。恋物語のあのラストの数日前のお話。





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