「しつこいでーす。離してくださーい」

名前の腕を掴んで離そうとしない双城の取引相手に名前は困っていた。
双城に案内を頼まれた名前は、取引相手である男を先に客間へと通した。客間へと向かう途中も馴れ馴れしく名前へと絡んでいたが、客間へと入るなり後から客間へ入った名前の腕を掴み自分の方へ引き寄せようとした。
取引相手の動きを予想していた名前が大人しく引き寄せられるはずもなく、踏み止まってやんわりと断り続けている。普段であればとっくに取引相手を返り討ちにしている名前だが、大事な取引相手だ余計なことは絶対にするな、と予め双城に釘を刺されているためになんとか耐えていた。
そんな名前の気など知らず、取引相手の男はなおも名前に絡み続けその腕を離す気配はない。どうしようかな、と名前が悩みに悩んでいると名前の背後から伸びてきた腕が取引相手の男の頭を鷲掴みにそのまま壁へと叩きつけた。その勢いで壁に掛かっていた掛け軸はぐしゃりと音を立て床板の上へと落ちた。叩きつけられた取引相手の男は壁に血の跡を残しながら床板へとずり落ちていく。

「気が変わった。お前との取引はなしだ」

取引相手の男の頭を壁へと叩きつけた張本人である双城は帯刀していた預かったばかりの妖刀刳雲へと手をかける。
驚いた名前は目を大きくして固まっていた。名前を掴んでいた取引相手の男の手は双城に壁へと叩きつけられる途中で名前の腕から離れてはいたが、掴まれていた名前の腕には赤く跡が残っていた。余程、強く掴んでいたのだろう。
それを双城は視界の端で確認すると舌打ちを漏らした。

「試し斬りには物足りねェが……」

刳雲を鞘から抜くと、壁に寄りかかったまま呻いている取引相手だった男をいっさいの躊躇いもなく斬りつけた。瞬間、鮮血が客間を濡らす。当然、斬りつけた双城にも側にいた名前にも返り血が降りかかる。
そこで漸く我に返った名前は声を上げた。しかし、その表情には目の前で人が斬り殺された驚きや恐怖というものは何もない。至って普段と変わりはない。

「えっ大事な取引相手じゃなかったの!?」
「こいつ程度の取引ならいくらでもある」
「私にあんなに大事な取引だって言ってたのに?」
「それはお前がいつもやらかすからだ」
「えーじゃあ我慢しなくてよかったの……」
「我慢?したのか?」
「うん。……あっ」
「何だ?」
「思ったんだけど、もしかして私にしつこく絡んできてたから容赦なかったの?」
「……バカか、なわけねえ」
「もーそこは素直に言ってくれればいいのに〜。私ってば愛されてる!」
「……」
「なあんでそこで黙るの厳ちゃん!」

風呂行くぞ、と顔にかかった返り血を袖で雑に拭いながら双城は客間を後にする。
その後を名前は追いかけながら双城に詰め寄るが、双城はしつこいと名前を軽く遇らうだけだった。


2024/07/07
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -