名前が通された和室には座卓の上に名前の好きな苺のショートケーキ、紅茶が淹れられたカップが用意されていた。紅茶からは湯気が上がっており、今し方淹れたばかりだということが分かる。
名前は嬉しそうに頬を緩めると苺のショートケーキ、紅茶が淹れられたカップが置かれている席へと腰を下ろした。向かい合うように名前の前には双城が座っている。同じように苺のショートケーキ、紅茶の入れられたカップが置かれている。名前の好みに合わせたらしい。
遠慮、という言葉など辞書にはないかのように名前は真っ先に苺のショートケーキの上に乗っている苺をフォークで刺すと幸せそうに食べ始めた。

「ん〜美味しい!ここのケーキ大好き」

双城は特に表情を変えることなく名前の一連の行動を眺めていた。
名前は苺を食べ終えると紅茶を一口飲み込んだ。それから、漸く双城へと視線を向ける。

「それで厳ちゃん、話ってなあに?」

厳ちゃん、双城に対してそういう呼び方をするのは幼馴染である名前だけだ。幼馴染の名前だから許されているといっても過言ではないだろう。

「何の話か……心当たりはあるだろ?」
「うーん、何だろ〜あっ分かった。結婚について、だ」
「あ?」
「え?」
「……どう考えたらそうなるんだ?」
「真剣に考えた結果」

訳が分からねぇ、と双城は大きな溜息を吐いた。
同時に、幼馴染である名前との付き合いは長いが訳が分かったことなど一度もなかったなと過去の出来事をいくつか頭に思い浮かべた。
双城が何のために名前を呼んだかといえば、名前のやらかした件、複数について一旦話をしておく必要があるからだ。
名前が何かをやらかすのはいつものことである。どうみてもトラブルメーカーである名前を双城が手放さず側に置いているのは幼馴染だからという理由だけではない。名前の使う妖術が替えのきかないものであること、雫天石のコントロールが上手いこと等の理由がある。そして、もう一つ理由がある。双城は名前に惚れている。
何年前のことかは覚えてはいないが、名前の一方的な誤解と嫉妬で双城と会話をしていただけの女性を手にかけたことがあった。妖術を使い部屋中真っ赤に染め上げ、自身も頭からつま先まで真っ赤になった名前が駆けつけた双城にいつもと変わらぬ笑顔で厳ちゃん、と一言発した。その時の名前の姿が、いつもより透き通ったような声が、脳裏に焼き付いて忘れられずにいる。純粋に綺麗だと双城は思った。もし、名前に惚れた瞬間があるとするならば間違いなくその時だろう。
元々、名前には昔から甘い自覚はある。だから名前のやらかした件について一旦話をするというのは、説教をする程度のことである。名前でなければ双城はとっくに手をかけている。
説教中に名前が逃げないようにわざわざ名前が好きな苺のショートケーキと紅茶も用意した。十中八九、名前はそれについて察してすらいないだろうが。

「え〜じゃあ、この前厳ちゃんが食べるなって言ってたお菓子食べちゃったこと」

少し考える素振りをして、思い出したという風に口にする名前は何故か自信満々な顔をしていた。

「違う」
「じゃあ、一昨日アフタヌーンティー行った時に厳ちゃんにお土産買ってこなかったこと」
「違う」
「じゃあ、厳ちゃんに黙って先週温泉に行ったこと」
「違う」
「厳ちゃんに借りた六平国重の本をまだ読んでいないこと」
「違う。が、早く読め」
「分かった〜。えーっと……じゃあ、この前雇ったばっかりの妖術師を再起不能にしたことは違うよね?あれは厳ちゃんの悪口言ってたから仕方ないし……」
「……待て。そいつは初耳だ」

双城の声が一段回低くなる。双城の部下であったのなら怯えていただろう。だが、名前にそんな様子は微塵もない。

「厳ちゃん、ごめんね?」

許して、とわざとらしく首を傾げながら謝る名前に双城は再び大きな溜息を落とした。
元々話をしようとしていた件については名前が自覚をしていないのか全く出てこないが、おそらく他にも双城が把握していない同様かそれ以上のことを多数名前はやらかしているのだろう。
やはり今日という日はきちんとこの幼馴染と話をする必要があるな、と改めて双城は思った。


2024/06/13
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