微小特異点から戻って来た名前の様子に違和感を覚えた。
本人は普段と変わらない風を装っているつもりなのだろうが、生前を含め名前と短い付き合いではない光秀にはすぐに分かってしまう。更に正確にいうのなら、そういう名前の些細な変化に気づけるようになったのはカルデアへ召喚され再び名前と出会ってからだ。
名前は、感情を隠すことが上手い。感情が揺らぐことがあったとしても、いつもと変わらず至って普通を装う。それに今まで誰も気づけなかった。名前と親戚で仲の良い信長でさえも、名前に懐かれ接する機会の多かった光秀も生前には気づけなかった。
だが、今は違う。とある出来事を契機に光秀は名前の僅かな変化に気づけるようになった。いや、もしかしたら光秀の前でだけ少しだけ自分の弱いところを名前が見せられるようになったからかもしれない。
だからこそ今回レイシフト先で何があったのか心配をしてしまう。
帰還後、光秀が声をかける暇もなくすぐに自室へと引っ込んでしまった名前の元へと向かう。ドア越しに声をかけるが反応がない。仕方がないと室内へと踏み入るとベッドへ突っ伏している名前の姿が目に入る。傍へ行き名前の隣りへと腰かけると光秀の重みでスプリングが揺れる。それを待っていたかのように名前が起き上がったかと思うと、次の瞬間には名前は光秀を押し倒していた。名前の手がスーツ姿の光秀の首元へと伸びる。かっちりと締められているネクタイの結び目へと名前の指がかかったところで、光秀はようやく名前の名前を呼び制止をかけることが出来た。名前を呼ばれた名前の虚な瞳が光秀を映す。

「……何?」
「いきなり何を……?」
「何って……だって、このままだとよく見えないじゃない……」

名前は、思い出すようにゆっくりと話し出した。
レイシフトした先は、天正十年六月二十四日の京都だった。その時代を過ごしていない者であったのなら何の問題もなかったのだろう。しかし、名前は違う。名前は生前その時代を生きた人物である。生前に同じものを名前が目にしていたかどうかは不明である。そういう記録もない。本人も口にしようとはしない。
が、今回レイシフトした先で名前ははっきりと三条粟田口で首と胴を繋がれ磔にされた光秀の姿を目撃したのだ。つい今しがたのことのように、未だはっきりと名前の脳裏にはあの光景が焼きついて離れない。
話しながら名前の瞳から溢れ出た涙が光秀の頬へと数滴零れ落ちる。

「名前殿……」

名前が涙を流したのを目にするのは光秀は初めてだった。
生前にも泣いたことはあっただろう。けれど、光秀の前で名前がその姿を見せたことはなかった。
光秀は手を伸ばすと名前の溢れ出てくる涙をそっと拭い取る。

「私……あなたのあの姿……」

ついにはぼろぼろと涙が止まらなくなってしまった名前の後頭部に手を回し引き寄せると抱き締めた。光秀の身体の上に名前の重みがかかる。名前が小柄だからか想定よりも軽い身体に光秀は少し驚いた。

「光秀……」
「全てを申さずとも存じております」

名前がレイシフト先で見たものについて光秀は、記憶ではなく記録として死後どういった経緯を辿ったのか知っている。
知ってはいるが、ただ知っているのと実際にそれを目の当たりにするのは別物である。名前が生前にもそれを目にしたことがあったのかは光秀は知らない。もし、そうであったのなら二度目となってしまう。名前にとって思い出したくはないだろう記憶が、再び呼び起こされてしまったことになる。

「名前殿、私はここにおります」

仮初の身体ではあるが、今確かにこの場に存在し本来なら二度と出会うことの叶わなかった相手の側にいる。
光秀は名前の不安を少しでも減らしたくてゆっくりと背中を摩った。少しの間そうしていると、徐々に名前から漏れる嗚咽が消えていった。

「少しは落ち着きましたか?」
「……」
「名前殿?」
「…………光秀」
「はい」
「本当にない?」
「何がですか?」
「その……首にね……傷跡とか……」

サーヴァントは基本的に全盛期の姿で召喚される。当然、光秀の首に名前が心配するような傷跡はない。
名前もそれは知っているはずだが、確認が取れないうちはどうにも不安が拭えないらしい。
ぎゅっとくっついたままの名前の頭を優しく撫でててやる。それから、名前を少し離れるように促すと、名前はゆっくりと上体を起こした。光秀も起き上がり名前を傍らに座らせると、名前によく見えるようにネクタイを緩めワイシャツのボタンを数個外す。

「これで確認出来ますか?」
「…………うん」

よかった、と名前はようやく安堵した表情を見せるが再び目には涙が浮かんでいる。

「あ、あれ?安心したら涙が……」

手で拭いながらそれを隠そうとする名前を光秀はゆっくりと抱き寄せた。二度目の名前の涙を目にし、きっと生前は自分の前で何度も泣くのを我慢していたのだろうと確信する。
光秀の腕の中で戸惑いながらもぐずぐずと泣き出してしまった名前を抱き締める腕に力が入る。同時に、二度と名前を悲しませないと光秀は誓った。


2023/01/08
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