廃ビルのとある部屋に二人きりといったシチュエーションで彼、忍野さんはいきなり質問をしてきた。
いや、正確には二人きりではない。吸血鬼の幼女も含めた三人だ。しかし、彼女はこちらには興味も無い風に部屋の隅で体育座りをしているだけで、会話に入ってくることはない。
会話をしている人数のみでカウントしたら二人だ。二人きりというシチュエーションという表現にこだわってしまうのは、私の願望が大きいだけなのかもしれないけれど。それはとりあえず置いておこう。
忍野さんが何について質問をしてきたのかといえば、私の能力のことである。やはり、気が付いていたのかというべきか。
私は今までに忍野さんに一度も能力のことを話た覚えはないし、幼馴染である暦にすら話をしていないのだから暦も知らないはずである。にも拘らずこの人は気が付いていた。いや、知っていた。
そもそも、私の能力が何なのか説明をすると、怪異と呼ばれる類の存在を見ること感じることが出来るだけではない。それは私の場合は、当たり前だ。物心ついた時から、そうだったのだから今では私の日常の一部ですらある。
では、私の能力の真骨頂は何なのかといえば、怪異の影響を一切、私自身に受けないことだ。怪異が人に与える、及ぼす影響、出来事を、私には一切与えることが出来ないのだ。
また、その逆も然りだ。私が怪異に対して出来ることは何もない。その存在を認識するだけで、認識出来ても私には何も出来ない。何もすることが出来ない。その存在を、その姿を、感じて見えるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
今では怪異の存在を目にしても感じても口にこそ出さないが、幼い頃は違った。あれは何だ?と親によく聞いたりしていた。その度に、親には見えないそれを私が怪異の存在を口にすれば親が気味悪がった。当たり前だ、自分達が認識することの出来ない何かがいるとそこに存在していると自分達の子供が言うのだから。
だからこそ、私はその存在が自分だけが見えていることを知ることが出来た。その存在を軽々しく口に出しては親を始め周囲の人間に気味悪がられることを知ることが出来た。
そして、怪異が与える影響が私にはないことを知ったのは小学一年生の時だ。
とある怪異に出会った。それの名前は知らない。それは私が存在を認識することが出来ることが不快だと言った。殺してやるとも言った。
怖くなった私は逃げたのだけれど、逃げ切れるはずもなく捕まったと思った――しかし、怪異は私を捕まえることが出来なかったのだ。私に触れることが出来ないのだ。私の体に触れようとしても体をすり抜けるだけ――まるでそこに何も存在していないかのように。
私は逆に自分からそれに触れてみようとしたけれども、それも怪異と同様だった。互いに触れることが出来ない。その時に気が付いた。
気が付いたところで、それを知ったところで互いに何も影響を与えることが出来ないのだからこれを能力と呼んでいいものかどうかも微妙なところだ――そう思っていた。
けれど、忍野さんは能力と言った。怪異の専門家である彼がそう呼ぶのだかられっきとした能力なのだろう。


「気が……付いていたんですね」
「勿論さ」
「何も、ないですよこの能力は……互いに何も影響しないんですから。寧ろ、これを能力と呼んでいいのかどうかも微妙に思っていたところです」
「いやいや、幼馴染ちゃんのそれはちゃんとした能力だよ」


幼馴染ちゃん――忍野さんは私のことをそう呼ぶ。暦の幼馴染だからなのだろうけれど、私の名前は幼馴染ちゃんではない。その呼び方が嫌なわけではないのだけれど、名前で呼んでほしいものである。


「怪異という存在からしたら厄介な能力だよ。今までも幼馴染ちゃんに敵意を向けてくる怪異はいただろう?」
「はい……」


小学一年生の時に私を追いかけ回した怪異だけではない。
その他にも、今まで何度か私を殺そうと追いかけ回してきた怪異もいた。その度に私に触れられず影響を与えることが出来ずに怪異は怒りを露にするのだ。
覚えていろ、と。必ず殺してやる、と。


「幼馴染ちゃんはその能力に守られているんだよ。まあ、最も守られるだけで怪異をどうこうすることは幼馴染ちゃんには出来ないんだけれどね」
「そうですけど……あの、何でそんな話を?」
「一応、確認しておきたかったんだ……少し厄介なことになっているみたいでね」
「え……?」
「幼馴染ちゃんに敵意を向けてきた怪異の中に角が生えていた奴はいたかい?」
「角――」
「そう角だ。姿形はどうでもいい、一本だけ角が生えていた怪異はいなかったかい?」


思い返してみる――角、一本だけ生えた角。
そのキーワードだけで、すぐにピンとくる怪異の存在がいた。
激しい敵意を私に向けてきた一匹の怪異の存在を――その怪異は何度も何度も私に攻撃をしてきた。怪異の影響を一切受けない私にその攻撃は無意味で何の効果もないのだが、それでもその怪異は攻撃を止めなかったのだ。しつこく攻撃をしながら、何度も殺してやると呪文のようにぶつぶつと言っていたのを覚えている。
そのうち諦めて、「覚えていろ、必ず殺してやる」と捨て台詞を吐いて消えていったのだけれど。


「……いました。一匹だけ」
「やっぱり、か」
「あの、その怪異がどうかしたんですか?どうして忍野さんがその怪異の存在を知ってるんですか?あの怪異が私に付き纏ったのは私が中学生の頃なのに……」
「僕は幼馴染ちゃんが出会った怪異には会っていないし見ていないから、そいつがどんな奴かは知らないよ。けれど、そいつがどんな存在なのかは知っている。そいつは、幼馴染ちゃんに激しく敵意を向けてこう言わなかったかい?――殺してやるって」
「!? い、言いました……」
「その怪異は、人に姿を見られることを極端に嫌うんだよ。だから、普通は人がいる場所を通ったりはしないんだけれどね――たまたま幼馴染ちゃんは見てしまった。運とタイミングが悪かったというべきなんだろうけれど、幸いにも幼馴染ちゃんには怪異の影響を受けない能力がある」
「はい――あの、もし、私にその能力がなかったらどうなっていたんですか?」


少しの沈黙の後で忍野さんは口を開いた。


「殺されていただろうね」
「!?」
「と、いうのはちょっと言いすぎかな。まあ、でも、大怪我はしていただろうね」
「そんなに強い怪異なんですか?」
「いや、その逆だよ。強いなんてもんじゃない。寧ろ、最弱だ。弱過ぎて、その怪異に名前なんてものはない。名もない怪異、ただそこに存在するだけだよ」
「最弱……」
「ただ、本当に運が悪かったんだよ。その幼なじみちゃんが出会った怪異は、幼なじみちゃんに姿を見られたことに対しての憎しみと言っていいのかな?そういう悪い感情が強かったんだろうね……そして、この町に忍ちゃんが来た――」
「……」
「その影響でその名もない怪異は力をつけた。まあ、どのくらいそいつが力をつけようが幼なじみちゃん自身には全く影響がないんだけれどね。でも、幼なじみちゃんの周囲には影響……いや、害をもたらす」
「え……?周囲に害をもたらすって……」


丁度その時、ポケットに入れていた携帯電話の着信音が響いた。その電話が何の知らせなのか忍野さんには分かっていたのかもしれない。
早く出た方がいいと促せられるままに私は携帯電話の通話ボタンを押した。


「……え?」


告げられた内容を聞いて真っ先に出た言葉がそれだった。
その後どういうやり取りをして通話を切ったのかよく分からない。通話を終えた私はふっと脚の力が抜ける感覚のままにその場にへたり込んだ。
瞬時に反応してくれた忍野さんが支えてくれたので、床への衝撃は和らいだけれど。


「大丈夫かい?」
「……忍野さん、怪異が私の周囲に害をもたらすって……どうしよう私のせいで……私のせいだ」
「落ち着いて幼なじみちゃん」
「……私のせいで、弟が……事故に合って重体だって……どうしよう!?」


取り乱して泣き出してしまった。ここで泣いたってどうなることでもないのは分かっているけれど、涙は止まってはくれなくて次から次へと溢れてくる。がたがたと身体が震えてくる。
怖いと思った。私には何の影響もないけれど、私のせいで私の周囲の人間に害が及ぶ。


「幼なじみちゃんのせいじゃないよ。大丈夫、大丈夫だから」


そう言って忍野さんは私を落ち着かせようと宥めてくれるけれど、溢れてくる涙と身体の震えは止まってくれない。


「だ、大丈夫じゃ……ない……だって……」
「これ以上は幼なじみちゃんの周囲に害は出させないよ」
「え?……でも、忍野さんは……いつも助けないって……」
「そう、僕は力を貸すだけだよ」
「力を貸してもらっても……私は……何も怪異に出来ない、じゃないですか…!」


そう私には何も出来ない。私はこの力に守られているだけで、私は怪異に何も出来ないのだから。
泣きながら少し語尾を強めてそう言った私に、忍野さんは優しく頭を撫でてくれた。そして、私と視線を真っ直ぐ合わせた。


「方法ならあるにはある――ただ、幼なじみちゃん自身にもそれなりの覚悟が必要だ」
「覚悟……」
「幼なじみちゃんの命に関わるものじゃない……その点は安心してくれていいよ。ただするからには、こちらも少なからず犠牲は必要だってことだね。その上で聞くけれど、そういう覚悟が幼なじみちゃんに出来るかい?」


それは、答えるまでもない。聞かれるまでもなく、私の答えは決まっている。首を縦に振れば、忍野さんは軽く笑みを漏らして私の頭をポンポンと軽く撫でた。


「それじゃあ、行こうか。幼なじみちゃんが何をすればいいのかについては、移動しながら教えよう」


私は、部屋から出ていく忍野さんの後を追った。



2017 9 3
結構前に書いていたもので、どういうオチにしようとしていたのかまるで覚えていないためタイトルが無題になってしまった。
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