随分と酷い顔をしていたのだと思う。
大学受験まで残された期間はあと少しだというのに、成績が上がらなくなってしまった。塾で受けた模試の結果も前回より点数が下がっている。
勉強をサボっているわけではない。私の人生史上確実に一番勉強をしている。であるのに、成果が出ない。いくら勉強しても私には無駄なのではないかと、いや、勉強をしてこれなのだからしなかったら更に酷いことになるのだろう。ならもっと勉強をするしかない、と気持ちばかりが焦っていく。
帰宅したら早くお風呂に入り、勉強の続きをしなければと塾からの帰路を急ぐ。
時刻は午後八時過ぎ、秋から冬へと移り始めているこの季節の空は漆黒に塗り潰されてしまっていた。普通ならこの時間は既に星が瞬いている頃だが、道なりに並んでいる街灯の明るさのせいかよく見えなかった。星が見えないのは残念ではあるが、街灯のお陰で夜道も怖くはない。
自宅まであと少しというところで、前方から走って来た一台のバイクが私の側で停止した。周囲には私以外の通行人はいない。自然と歩くスピードを上げて、早く通りすぎてしまおうとした瞬間だった。

「ひっでぇ顔」

バイクに乗って来た人物はヘルメットを外しながら、私に向けてそう言った。
そのよく聞き覚えのありすぎる声に足を止める。

「千冬!?」
「おう」
「どこか行くの?」
「オマエを迎えに来た。遠回りして帰ろうぜ」
「え、ごめん……そんな時間ないよ」
「長時間付き合わせる気はねぇよ」
「でも……ホントに時間がないの。早く帰って勉強しなきゃ……」
「受験生なのは知ってるけどさ、最近根詰め過ぎだろ……」
「だって、全然足りないの。だから急いで帰らないと……」

じゃあね、と歩き出そうとした私を千冬はバイクから降りてきて引き止める。

「あのなあ、オマエは昔から息抜きが下手すぎ。いいから後ろ乗れよ」

すっぽりとヘルメットを被せられ、抵抗する間もなく強制的にバイクに乗せられてしまった。
千冬の後ろでこんなことをしている時間は私にはないのに、と眉をしかめながら幼馴染の背中を睨む。千冬にそれが見えるはずもなく、まるで効果はない。
走り出したバイクが止まる気配はまだない。長時間付き合わせるつもりはないと千冬は言ったが、いったいどこまで行くつもりなのだろうか?諦めたように溜息を一つ落とし、千冬の背中から視線を逸らした。
瞬間、私の目に飛び込んで来たのは見慣れた街のいつもとは違った景色だった。時間帯もあるのかもしれない。知っているはずであるのに、真新しく感じるそれに思わず息を飲み込んだ。
千冬の背中越しに流れていく景色を見ていると、いつの間にか私の中にしつこく充満していたわだかまりが霧散するように消えていた。妙にすっきりとした気分へと変わっていた。
思え返してみれば、千冬が私をバイクに乗せてくれたのは初めてである。何故、急に乗せようと思ったのか?と考えてみる。ここ数日、先程千冬に言われたとおりに私は酷い顔をしていて見かねた千冬が思いついた気分転換がきっとこれだったのだろう。

「千冬」

背中越しに呼びかけてみるが、バイクのエンジン音と風が通りすぎて行く音で聞こえなかったのだろう反応がない。
もう一度、今度はさっきよりも大きい声で名前を呼んだ。

「千冬!」
「ん?」
「ありがとう!」
「……は?聞こえねぇー!」

おそらく聞こえているくせにわざと聞こえないふりをしている。幼馴染故に共に過ごしてきた時間のせいなのか顔を見なくても不思議と分かってしまう。
自然と頬が緩む。ありがとう、と再び呟いて千冬の背中に額をくっつけた。

暫く走った後、河川敷でバイクが止まった。
ここに来る途中にコンビニに寄って買ってきた肉まんとあんまんをそれぞれ半分にして二人で分けた。私がどっちも食べたいけど二つは多いと言ったら、なら半分にしようと千冬が提案してくれたのだ。
右手に肉まん、左手にあんまんを持ってどちらを先に食べようか迷っていると千冬に名前を呼ばれた。

「名前」

視線を肉まんとあんまんから隣の千冬へと向ける。

「気分転換になっただろ?」

そう言って、にっと笑顔を向けてくる千冬に私も自然と笑顔になった。
私は千冬の笑った顔が昔から大好きだ。可愛いと言うと本人は喜ばないだろうから口には出さないが、今までも何度もその笑顔に救われてきた。
今回もそうだ。受験で余裕をなくして、周りが見えなくなっていた私の手を引いて連れ出してくれた。改めて、私の幼馴染が千冬でよかったと思った。


2022/12/31
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