ガレーラカンパニーとは離れた場所にとあるカフェがある。
落ち着いた雰囲気のそのカフェで働いているのは名前だ。名前が店員になってから店内には季節の花が飾られるようにようになり、元々の落ち着いた雰囲気と相まって癒しの空間となっている。客層の幅が広がったのも事実である。
そうはいっても、船大工が作業着のまま、ましてや一人で来るにはやや入り難い雰囲気があるのは確かだ。ガレーラカンパニーの近くにあるのなら立ち寄る船大工は多いかもしれないが、ここはガレーラカンパニーから離れている。ついでに立ち寄れるような場所ではない。
にも関わらず、頻繁に顔を出す船大工が一人いる。一番ドック艤装・マスト職職長のパウリーだ。
カフェのメニューが気に入っているからという理由ではない。パウリーの目的は、店員の名前である。名前に会うためわざわざこのカフェにやって来るのだ。
パウリーと名前は幼馴染である。二つ歳上である名前は子供の頃に、よくパウリーの面倒を見ていた。名前の元々しっかりとした性格のせいなのか二歳上という年齢差のせいなのか、昔からパウリーは名前に敵わない。というか弱い。名前に店内でギャンブルで膨らんだ借金について小言を言われるパウリーの姿は度々目撃されている。
そんなある日、パウリーはいつものように名前が働くカフェに訪れると顔を青くした店主が詰め寄ってきた。話を聞けば、少し前にパウリーをよく追いかけている借金取り数人が現れ、金と交換だとパウリーに伝えろと店主に伝言を残して名前を攫っていたのだという。
借金取りたちは借金を返さないパウリーを追いかけるよりも、パウリーの幼馴染である名前を利用し脅した方が効果があると判断したらしい。
だが、それは確実に借金取りたちのミスである。手を出してはいけない人物を攫ってしまったのだ。
店主から、借金取りたちが金と名前の取引場所に指定した裏町の倉庫跡の場所を聞くとパウリーは走り出した。
借金については自業自得であるのは分かっている。それを返済していない自分が悪いということも分かっている。全て自分に非がある。自分自身が巻き込まれるのは構わない。
しかし、今回、自分のせいで名前を巻き込んでしまった。名前に手を出した借金取りたちにも腹が立つが、危険な目に遭わせたくない人物を現在進行形で危険に晒してしまっている自分にもパウリーは腹が立った。



取引先である裏町の倉庫跡に着くとパウリーは入り口の扉を思いきり蹴り飛ばした。
古くなっていた扉はその勢いのまま倉庫内へと吹き飛んでいった。

「名前!!」

扉の吹き飛ぶ大きな音とパウリーの大声で、倉庫内にいた借金取りたちの驚いた視線が一斉にパウリーへと向けられる。
倉庫内をぐるりと見渡せば借金取り数名と逃げられないように柱へとロープで縛られている名前がいた。特に危害は加えられていないように見えるが、パウリーの位置からは距離があるためはっきりとしたことは分からない。
借金取りのリーダー格らしき男がパウリーに向かって声を上げようとする。が、それは敵わなかった。
何故なら、借金取りのリーダー格の男へと伸びてきたパウリーのロープが男に巻きつく方が早かったからだ。男が抵抗する間もなく、次の瞬間には地面に叩きつけられていた。

「名前待ってろ!すぐに助ける!」

言葉のとおり早かった。
得意のロープアクションであっという間に借金取り数名を同様に叩きのめすと、パウリーはすかさず名前の元へと駆け寄った。
柱に縛られている名前のロープは簡単には解けないように借金取りたちは結んだつもりだったのだろうが、パウリーからして見ればたいしたことはない。簡単にロープを解いてしまった。

「怪我してねェか!?」
「うん、大丈夫だよ。ありがとねパウリー」

名前の無事を確認すると、ようやくパウリーは胸を撫で下ろした。

「パウリーが強いのは知ってたけど、こんなに強かったんだね。かっこよかったよ」

にこにこしながら言ってくる名前に、パウリーは照れ臭くなり視線を逸らす。名前に褒められると昔から同じことをしてしまうパウリーの癖でもある。

「でもね……」

一旦、そこで言葉を切った名前にパウリーは不思議に思い逸らしてい視線を戻した。すると、真っ直ぐパウリーを見てくる名前の瞳にかち合った。

「借りたお金はちゃんと返さなきゃダメでしょ?」

正論である。
そこから名前の説教が始まる。まるで子供に言い聞かせるようなそれと視線を逸らすことを許さない名前の瞳にパウリーは完全に押されてしまっている。
正論すぎて言い返せないというのもあるが、パウリーは昔から名前に敵わないというのが大きい。きっとこれから先もこの関係は変わらないのだろう。



後日、カフェで働く名前の元に名前を攫った借金取りたちが謝りに来た。
どうやら名前が長い長い説教をパウリーにしている間に、借金取りたちは意識を取り戻したようで名前の説教を聞いていたらしい。いつも追いかけては逃げられるパウリーにあんな風に説教が出来るなんてたいしたものだ、と借金取りたちは口々に語る。
というやり取りもあり、気がつけばたまに名前の働くカフェに借金取りたちが客としてやって来るようになっていた。攫われはしたが、特に怪我もなく深く謝罪をされた名前は借金取りたちのことを許していた。それどころかカフェにやって来る借金取りたちと他愛のない会話をするような仲になっている。

「名前……お前……」

いつものようにカフェに名前に会いに来たパウリーは信じられないものを見るように目を見開いた。

「いらっしゃいパウリー。どうしたの?」

客として来ている借金取りたちから注文を取りつつ和やかに会話をしていた名前が、不思議そうにパウリーに首を傾げた。

「何でそいつらと仲良くなってんだよ!?」

パウリーは、借金取りたちが客としてカフェにやって来るようになったことを知らなかった。
今日、たまたま運悪く鉢合わせをしてしまったのだ。
借金取りたちもずっとパウリーを追いかけているわけではない。パウリーがこのカフェによく来ることを知っていてもパウリーが現れるまで居座り続けられるほど彼らも暇ではない。彼らが借金を取り立てる相手はパウリーだけではないのだから。
偶然にも現れたパウリーを前に借金取りたちは、椅子から腰を上げパウリーににじり寄ろうとする。が、それは名前によって止められる。

「ここでは仕事をしない、という約束でしたよね?するなら店の外でどうぞ」

にっこり、とした笑顔を貼りつけ出入り口の方指差す名前に借金取りたちは思い出したように椅子に座り直した。
一体、どういう条件を出して彼らにその約束を取りつけたのかは不明だが、どうやら名前に敵わないのはパウリーだけではないらしい。


2022/10/29
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