光秀は動けずにいた。と、同時に困っていた。
全ては光秀の背中に引っ付くようにして眠っている名前のせいである。
名前は、信長から頼まれた用を大和に赴き済ませてきたらしい。その帰りに光秀の居城である坂本城へとやって来た。
それは別に構わない。名前が坂本城を訪れるのは一度や二度のことではない。何度もそうしているうちに、今ではすっかり門番達とも顔馴染みになり軽く挨拶を交わし、自由に出入りするようになってしまっている。
無用心だと言われればそうなのかもしれないが、名前に限って何かよからぬことをしでかすとは思えない。光秀は名前に対して既にそういう信頼を置いてしまっていた。
もし、仮に名前が何かをするとしても、光秀個人に対しての他愛ない悪戯くらいだろう。

「名前殿」

名前を呼んで起きるのなら、と淡い期待を抱いたが返事はなかった。
先ほどまで、大和に行って来たその道中の話や最近食べた南蛮の菓子が美味しかった等を本日中に書き終える必要がある書状から手が離せない光秀に一方的に喋っていたのだが、急に静かになったかと思えば眠っている始末である。
それも光秀の背中に引っ付くようにして眠ってしまっているのだから光秀は動くことが出来ない。
いや、正確には動こうと思えば動けるのだが、大和まで行って来た名前は疲れているだろうと無理に起こすのは気が引けてしまうのだ。
かといって、いつまでもこの状態のままというのも名前も体勢が辛いだろう。疲れているのなら横になった方がいい。

「んー……」

名前から声が漏れる。
目が覚めたのかと期待をするが、どうやら違うらしい。

「えへへへ……」

引っ付いている光秀の背中に頬を擦り寄せてくる様はまるで猫のようである。

「もう食べれなーい……」

一体何を食べる夢を見ているのかは分からないが、名前が起きる気配は全く感じられない。
もし、背中に引っ付いて気持ち良さそうに眠っているのが名前でなければ光秀は困らなかっただろう。
いくら懐いているとはいえ、あまりに無防備すぎる名前に、懐いた相手には誰にでもこうなのだろうかと光秀は心配をしてしまう。
名前が懐いている相手は限られている。その全員を光秀が把握しているわけではない。光秀が知らない相手に対しても名前は今と同じように無防備な姿を晒しているのだろうか、と、もやついた気持ちが沸き起こってくる。
当初、光秀は名前に一時的に懐かれているだけでそのうち飽きてどこかに行ってしまうだろうと予想していた。が、名前に未だ全くそのような気配は感じられない。それどころかいつの日からか離れていく素振りのない名前に光秀は安心すらしてしまっていた。

「名前殿」

再び名前を呼んでみるが返事はない。
無理に起こすのは可哀想だが、仕方がないと光秀が動こうとすると引っ付いている名前の腕の力が強くなった。

「…………名前殿、起きておられますか?」

反応はない。
起きていれば堪えきれず笑いを漏らしそうな名前だが、何の反応も示さないということはぐっすりと眠っているとみて間違いはなさそうだ。光秀の背中からは、相変わらず気持ち良さそうに眠っている名前の寝息が聞こえてくる。
光秀の気など知らずに呑気に眠り続ける名前に、呆れずにはいられない。思わず口から吐いて出た溜息は予想外に大きかったものの、やはり名前が目を覚ます様子はない。
いったいどうしたものかと光秀は頭を抱えた。


2022/09/10
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