学生の頃を振り返ってみる。
そうしてみたところで、分かっていたことだが特段といい思い出はなかった。度々、過去を思い出しては感傷に浸る性格でもない。
では何故、神々廻がわざわざ学生の頃を思い返してみたのかといえば名前が死んだからだ。名前とは同期だった。血の気の多い他の同期と比べ名前は緩かった。その緩さが一緒にいて心地良くなかったといえば嘘になる。
名前との時間は、特に面白くもなかった学生の頃唯一の悪くなかったと言える点かもしれない。
最初は、たまたま近くにいた名前に何気なく話しかけたのがきっかけだった。
もし、そこにいたのが他の誰かであったのなら、その他の誰かとよく話すようになっていた可能性はあっただろう。
関西殺仁学院は関西にある殺し屋養成所だ。通っている人間も自然と関西出身の者が多くなる。
名前はどうかといえば関西出身ではないことはすぐに分かった。聞けば神奈川出身だという。殺し屋養成所は他にもある。わざわざ神奈川から引っ越して関西まで来る必要はない。おそらく何か事情があったのだろうと神々廻は思っていた。

「なあ、そういや出身って神奈川やろ?何でわざわざこっちに来たんや?」
「ああ、それはユ◯バに通いたいから」
「……は?」
「ユ◯バに通いたいから」
「言い直さんでもええわ」
「聞こえなかったのかと思って」
「この距離でそれはないやろ。つか、前から思っとったけど、やっぱお前アホやろ?」

というような名前とのやり取りは、神々廻が中退するまでの間に数えきれないほどにした。
それは、短い期間だったがまるで長い間ずっとそうして過ごしてきたかのような時間だった。殺し屋養成所で名前のような存在に出会えるとは神々廻は想像すらしていなかった。
同じ時間を過ごせば過ごすほどに、名前は殺し屋に圧倒的に向いていない人間だということがありありと感じられた。
何故、殺し屋を目指すのか?と何度か名前に聞いてみたことがあったが、その度に上手くはぐらかされ結局のところ理由は不明のままである。

「名前、お前殺し屋に向いてへんわ」
「まーたそれ?」
「自分でも分かってるやろ」
「え、あー……うん。分かってはいる、かな?」
「だったら……」
「ダメだよ」
「は?」
「なるって決めちゃったから……ダメなんだ。ごめんね神々廻」

神々廻が困ったような笑みを浮かべる名前を見たのは、その時が最初で最後だった。
それから少しして神々廻は関西殺仁学院を中退した。中退する際、名前には特に何も言わなかった。正確には言いかけたが何も言えなかった。
結果、中退する前日は名前といつものように会話をして至って普通に別れてしまった。
それが未だに尾を引いてしまっている。中退後に名前と会話をする機会があれば違ったのかもしれないが、あれだけ同じ時間を過ごしておいて連絡先の交換をしていなかったのだ。
そのことに気づいたのも中退した後のことだったのだから呆れてしまう。連絡先を聞かれなかったから教えていなかったといえばそれまでなのだが、聞かれなかったのならこちらから聞いておけばよかったと中退後に後悔したところでもう遅い。
だから、中退後もたまに名前の動向を探るようなことをしていた。勿論、直接会いに行くことだってやろうとすれば出来た。でもしなかった。今更合わせる顔もないと、会ったところで何を言えばいいのか分からなかったというのが正直なところだ。
それでも一度くらいは会いに行けばよかったと今になって思う。思ったところでもうどうにもならない。二度と名前に会うことは出来なくなってしまったのだから。

とある墓地のまだ新しい墓の前で神々廻は足を止める。名前の墓だ。
任務を終えてから来たこともありすっかりと日は暮れてしまっていた。ただ今夜はちょうど十五夜にあたるらしく、月の煌々とした光で周囲は明るく照らし出されていた。が、いくら明るいといってもこんな時間に墓参りに訪れる人は神々廻の他には誰もいない。自分以外に誰もいないこの静まり返った空間に神々廻は少し安堵した。
墓にはいくつかの菓子等が供えてあった。おそらく名前が生前好んでいた菓子なのだろう。よく見れば学生の頃に名前がよく食べていた菓子があった。
左右に設置してある花立てにはまだ真新しい花が挿さっている。神々廻は、持ってきた花を二つに分けると左右の花立てにそれぞれ挿し込んだ。

「紫色好きやったろ?この花な、紫苑言うらしいわ」

当然だが、返ってくる言葉はない。

「なあ名前……せやから何遍も殺し屋に向いてへんって言ったやろ……」

言ったところで素直に向いてないからやめるという性格ではなかったから、殺し屋になるとは思っていた。
殺し屋の世界で生きていくのだから、命の保証などない。いつ死んでもおかしくはない。分かってはいるが、それでも神々廻は学生の頃の唯一悪くなかった時間を過ごした名前にどこかで生きていてほしかった。

「名前、敵は取ったるわ」

名前を殺した相手の目星はついている。名前を手にかけたのは殺し屋だ。目にあまる行動と異常性故に殺連の抹殺対象になったばかりである。
偶然か必然かその殺し屋を抹殺することが神々廻の次の任務である。

「あー……ほな、また来るわ」

神々廻が名前の墓を後にしようと墓に背を向けると、ふわりとした柔らかい風が神々廻の髪を揺らした。
ただの風なのだが、何故か気になって墓を振り返ると神々廻が先程挿した紫苑の花だけが揺れているのが目に入った。


2022/08/27
紫苑は別名が十五夜草。
花言葉は追憶、君を忘れない、遠方にある人を思うです。
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