名前が我儘を口にするのは珍しいことではない。
我儘、といっても光秀からしてみれば可愛らしいものであり、それを聞いてやることに特に苦はなかった。寧ろ、名前が我儘を言う限られた相手のうちの一人が自分であることに優越感すらあった。
ただ、今回の戦に連れて行って、という我儘だけは首を縦に振るわけにはいかなかった。
主君である信長からも、名前が光秀によく懐いていることもあり面倒を頼まれているが戦には連れて行くなと念を押されている。
信長が親戚であり、仲睦まじい名前のことを大切にしていることは見ていればよく分かる。
仮に、信長から名前を戦には連れて行くなという命がなくとも、光秀に名前を戦場へと連れて行く気はさらさらなかった。
一向に首を縦に振らない光秀に対して諦める素振りを見せない名前から、本日何度目になるのか分からない懇願をされて光秀の口から溜息が漏れる。

「名前殿」
「なあに」
「……そのように、可愛げに言われてもなりませぬと何度も申しているでしょう」

不思議そうな名前の視線が光秀へと向けらる。

「えっと、私別に可愛く言ったつもりはないんだけど……」

瞬間、しまったと光秀は頭を抱えたくなった。
共に時間を過ごしていくうちに、いつの日か光秀の中で名前が特別な存在へと変化していたのは事実である。信長曰く誰かに懐くのは珍しいという名前に懐かれ、光秀が名前のことを可愛らしいと思うようになるまでそう時間は要さなかった。
当然、光秀自身にも自覚はあったが、それを表には出さないようにしてきたつもりであった。
だが、もしかしたら利三には見透かされていたかもしれないようにも思う。利三はそういうところに目敏い。

「ねえ光秀、そんなに可愛く見えた?ねえねえ」

嬉しそうに聞いてくる名前に光秀は沈黙を返す。
それにしても、名前との距離が近い。今に始まったことではないが、名前が光秀へ接してくる時の距離感は他者と比較しても明らか近いのだ。
光秀が引き離そうとしても、名前はすぐにその距離を詰めてくる。伝えたところでまるで効果がないため、いつしか諦めていたが身を乗り出すようにして訪ねてくる名前を前にするとやはりこの距離感はおかしいのではないか、とすら思える。

「ねえー光秀、どうなの?可愛い?」

質問の内容を変えたところを見るに、おそらくすっかりと先の話題から名前の頭の中は切り替わっている。
それは有難いことではあるが、光秀は名前に素直に返答するべきか誤魔化すべきかと暫し思案に暮れた。


2022/01/11
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