生前と至って変わらず接してくる名前に光秀は戸惑っていた。
信長の親戚である名前は信長と仲が良く、よく遊びに来ていた。信長の部下であった光秀とも顔を合わせる機会は多々あった。最初は挨拶を交わすだけであったのが、ある出来事を境に名前の光秀に対する態度は変わる。一言でいえば懐かれた。
信長と遊びに来たのかと思えば、光秀のところにやって来て最近の出来事や南蛮の菓子が美味しかった等楽しそうに話すようになった。それだけはない、光秀の後ろを子猫のようについてくるようにもなった。忙しいのだ、と言ったところですんなりと受け入れるはずもなく邪魔はしないから、と強引についてくる。にっこり笑って無理やりに押し通してくる名前に光秀は溜息を吐きながらも、それ以上は強く言うことは出来ずいつも負けていた。
それが、カルデアに呼ばれてからも名前の言動は当時と何一つ変わらないのだ。
本能寺の変のことは当然名前も知っている。知らないわけがないのだ。あの日名前は尾張にいたらしいが、何が起きたのかは当然伝わっているはずなのだから。
変を起こした後、光秀は名前と顔を合わせる機会はなかった。最後に言葉を交わしたのは果たしていつだったか、五月の半ばの頃だったかもしれない。それ以来会うことはなかった。まさか英霊として呼ばれた先で、再び再会する日が来るとはおそらく名前も思ってはいなかっただろう。

「みんなとははぐれたけど、一緒にいるのが光秀でよかった」

微小特異点へレイシフトしたのはいいのだが、マスターや他数名のサーヴァントとはぐれてしまっていた。
通信も機能していないようで、合流しようと光秀と名前は山道をひたすら歩いている状況である。
鬱蒼とした木々の間から何かが飛び出して襲ってきそうな雰囲気すらあるのだが、怖がる素振りも見せず名前は光秀の隣で呑気に先の台詞を言った。名前がわざわざ思ってもいないことを口に出す性格ではないことは光秀はよく知っている。本心なのだろう。
しかし、光秀は疑問だった。自分は名前に恨まれていてもおかしくはない。いや、恨まれているだろうと思っていた。なのに、カルデアで再会した名前は当時と何ら変わらず光秀に接してくる。何故、憎いだろう相手にそんな態度が取れるのか、光秀は考えても納得する答えに辿り着けなかった。

「どっちに行ったらいいと思う?」

綺麗に二つに分かれた道の前で足を止めた名前が聞いてくる。

「光秀、私の話聞いてる?」

返答がない光秀に名前は不思議そうな顔を向けてくる。
軽く謝罪をしたものの何と返したものか迷った末に、光秀の口をついて出たのは先程まで脳内を占めていた疑問についてだった。

「名前殿は、私のことを憎んでおいででしょう」

いきなりそんな質問をされた名前は、少し驚いた素振りを見せる。

「何故、そう思うの?」
「……本能寺の変のことはご存知でしょう」
「ええ」
「それを実行したのは私です。信長様と仲睦まじかった名前殿に恨まれても仕方のないことかと……」
「そうね」
「……」
「けど、私別に光秀のこと恨んでないわよ」
「……はい?」

予想していたものと違う返答とやけにあっさりとそう口にした名前に、光秀は間抜けな声を出してしまう。

「だって、あの頃はそういう時代だったでしょう。それだけよ」
「……」
「まあ、でも、私が一番腹が立ったのは、どうして光秀は何も言ってくれなかったんだろうってこと」
「それは……」
「いいの、分かってるから。言えるはずがないわよね。私だったら言わないもの」

にっこりとした笑みを浮かべて名前は軽く手を叩いた。

「はい、この話はおしまい!」

ぱんっと小気味良い音が辺りに響く。

「早くみんなと合流して戻るわよ。戻ったら、格ゲーに付き合いなさい」

強引に光秀の手を掴むとそのまま右側の道へと歩を進めて行く。

「……名前殿」
「何?」
「こちらの道でよろしいのですか?」
「さあ?どうにかなるでしょ」

楽しそうにそう告げた名前が足を止める気配はない。
二つに別れた道のどちらを選択するのが正しかったのかは分からない。
だが、迷いなく歩を進めて行く名前の選んだ道が正解なのだろう。仮に間違っていたとしても名前ならそれを正解にしてしまうのだろう、と光秀は思った。名前には昔からそうあうところがある。
名前の手に掴まれているからこそ、その大きさがよく伝わってくる。光秀と比較して随分と小さい手は、迷いなどないように力強く光秀の手を引いて行く。手を引かれながら、光秀はずっと胸につかえていたものがいつの間にかなくなっていることに気がついた。


2021/11/23
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