名前はよく転ぶ。特に何もないところでも転ぶ。最低一日に一回は転ぶ。本人も自覚はあるらしく、気をつけてはいるらしいが必ず転ぶ。何かに取り憑かれているのではないのか?と疑いたくなるくらいに名前はよく転ぶ。また、転ぶまでいかなくても何もないところで転びそうになるのはしょっちゅうだ。
しかし、名前はそこを除けば優秀だった。その優秀さを買われて、鬼灯の下で第二補佐官として働いている。
書類を抱えた名前が廊下を歩いている鬼灯の後ろ姿を見つけ小走りで駆け寄ってくる。


「鬼灯様ー、この書類に判をお願いし……!ぎゃっ!」


何もない平面で真っ直ぐな廊下で名前は転んだ。びたん、と廊下全体に響きわたる様な音を立てて転んだ。
名前が抱えていた書類が、転んだ拍子に宙に舞い上がりひらりひらりと彼女の上に落ちていく。鬼灯は名前に名前を呼ばれてすぐに振り返っていたので、名前が転ぶところをしっかりと見ていた。よく転ぶ名前のこのような展開は、見慣れているとはいえ予期せぬところで転ぶので一瞬だけその無表情な顔に驚きの色が浮かんだ。
宙を待っていた書類の最後の一枚を鬼灯がキャッチする。視線を落とせば、名前の丁寧な文字でしっかりと書かれていた。彼女が先ほど言いかけていたように、あとは鬼灯が判を押せば完璧な状態である。


「大丈夫ですか?」


蹲っている名前の側へ行き、しゃがみ込んで彼女と視線と合わせる。


「あ、はい、大丈夫です!こんなのいつものことですから、慣れてます」


へらりと笑って見せる名前に鬼灯は軽く溜息を漏らした。


「慣れてもらっても困るんですけどねえ…。確かに、私もあなたが転ぶところは見慣れていますが…」
「えへへ…」
「褒めてませんよ」
「…はい」


散らばった書類を素早く拾い集めると、鬼灯は名前へ手を差し出す。


「立てますか?」
「は、はい、大丈夫です。ありがとうございます」


差し出された手に名前は自身の手を素直に重ねた。そのまま鬼灯は彼女を引き上げるように立たせる。
立ち上がった名前は軽く着物についた埃を払った。


「はあ…」
「どうかしましたか?」
「え?あれ?声に出てましたか…?」
「思いっきり出てましたよ」
「すみません…」
「いえいえ、お気になさらずに。で、どうかしたんです?」
「何で私ってこんなによく転ぶんだろう…って思って」
「何を今更」
「ですよねー…」


会話をしながら真っ直ぐな廊下を並んで歩く。ただ歩いているだけ、そう普通に歩いているだけだ。だが、この状況でもいきなり転ぶのが名前である。流石にさっき転んだばかりで再び転ぶとは普通は思わないだろう。それを見事に裏切ってみせるのが名前なのだ。過去に何度かそういう場面に出くわしたことがある鬼灯は釘を刺すかの様に、気をつけてくださいねと彼女に言おうとしたまさにその瞬間だった――


「うっわ…!?」


名前は何かに躓いた様に一歩二歩と足を進める。が、なんとか踏みとどまって転びそうになった、だけで済んだ。


「はあ…あ、危ない…」
「何故そうなる!?」


思わずツッコミを入れられずにはいられなかった。鬼灯にツッコミを入れられた名前はすみませんすみませんと頭を下げる。謝る必要等特にないのだが、それでも謝ってしまうのは彼女の性格なのだろう。
そこへ、二人の名前を呼びながら近づいて来る二匹と一羽。桃太郎ブラザーズである。とことこと歩いて来たシロが名前の側へ近づく。名前とこの二匹と一羽は仲が良い。中でもシロと名前は仲が良かった。


「名前ちゃん、また転んだの?」
「え…どうして分かったの!?」
「だっていつも転ぶから…」
「ああ…うん…そうだね…」


名前がよく転ぶことは、この二匹と一羽でも知っているくらいに有名だった。少なくとも彼女と関わりを持っている者はみんな知っていた。


「いつも転んでるけど、痛くねーの?」


柿助が名前の着物をくいっと引っ張る。


「痛いよ…」
「……」


がっくりと項垂れる名前の周囲に何ともいえない空気が漂う。
そんな名前の頭にルリオが一飛びして乗った。ずしりと名前の頭にルリオの体重がかかる。


「まあ、しっかりしろよ第二補佐官だろ」
「そうだぞしっかりしろよ」
「そうだよ名前ちゃん」


終いには二匹と一羽にまで励まされる名前である。しかし、その光景は端から見れば二匹と一羽に懐かれている様にしか見えず微笑ましいといえば微笑ましい光景でもあった。
それを眺めながら鬼灯が少しだけ和んでいたことには、当人と二匹と一羽は気付いていない。
気が付いていない当人は、二匹と一羽に励まされて元気が出てきたのだろう――いや、端に我慢が出来なくなったといった方が正しい。シロと柿助をぎゅうっと思いっきり抱き締めた。それを逃れたのは名前の頭の上に乗っていたルリオだけである。


「ありがとうみんな!あーもう、このモフモフ最高!みんな可愛い!」


我慢が出来ず思いっきり抱き締めたのでその腕に無意識のうちに力が入っていた。名前に抱き締められた二匹は苦しいと必死に訴えているが、二匹のその毛並みを堪能している名前にその声は届いていない。
これも見慣れている光景であり、鬼灯としては見ている分にはとても微笑ましい光景ではあるのだが放っておくわけにもいかず名前の肩を軽く叩く。


「名前さん、ちょっと力込めすぎです」
「へ…?あっ!ご、ごめんね…シロちゃんと柿助くん大丈夫!?」


解放された二匹は苦しかった…と肩で息をしている。


「ホントごめんね…いつものことだけど可愛すぎて…つい」


しょんぼりと肩を落とす名前に二匹は気にしなくていいと口々にした。抱き締める力は強すぎても、何だかんだ憎めない名前のことが好きなのである。名前に撫でられる二匹は気持ちよさそうな表情をしていた。
そんな中、シロは先ほどまでの話題を思い出したかの様に思ったんだけどさあ…と言葉を続ける。


「名前ちゃんがよく転ぶのって、もしかして何かの呪いでもかかってるの?」


瞬間、なんともいえない空気になった周囲にシロがはっとしてあ、ごめんと続けるが時既に遅しである。呪いやらオカルトやら地獄にいるにも関わらず、その類の話題が大の苦手である名前の表情は凍りついていた。


「シロさん、それ禁句ですとあれほど…」


鬼灯の呆れた様な溜息だけが辺りに響いた。


禁句ですよ

(ご、ごめんなさい鬼灯様…)
(私にではなく名前さんに…ああ、ダメか)
(の、呪い……どうしよう…死ぬ…)



2013 11 15
鬼灯様夢のはずが出張る桃太郎ブラザーズというかシロ…。私がシロ大好きだから仕方ない。
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