私は詐欺師だ。
詐欺師になった経緯について今は話す気はない。収監されてからも誰にも話したことはない。
そう、私は今州立グリーン・ドルフィン・ストリート重警備刑務所に入っている。
何故入れられたのかといえば、詐欺師なのだからもちろん人を騙して金を巻き上げたからだ。今まで何人騙してきたのかは、二十人を超えた辺りで数えるのをやめてしまったので分からないが結構な人数を騙してきた。
優秀という表現はおかしいのかもしれないが、自分では詐欺師として結構優秀な方だと思っていた。過去形なのは、優秀であるのなら警察に捕まることはなかっただろうということと、収監されてから親しくなった人たちに私が詐欺師であることを疑われることが多々あるからである。
といっても、それは主にアナスイとエンポリオになのだが。アナスイはともかく子供であるエンポリオにまで詐欺師には見えないと言われたのは少し落ち込んでしまった。私は子供から見ても詐欺師であることを疑われてしまうくらいには詐欺師らしくないらしい。
それには一応理由がある。ウェザーの傍だと普段の私でいることが難しい。いや、正直に言おう。無理だ。何故なのかは分からないが、ウェザーの前だと変に動揺してしまい落ち着かないのだ。アナスイとエンポリオと話しをする時、近くにウェザーもいるわけで、そうなると自然と私は普段の私ではなくなってしまう。そういうところばかりを見ているから、二人に詐欺師であることを疑われてしまうのだ。

「名前」

ウェザーにふいに名前を呼ばれ返事をするが変に声がうわずってしまう。取り繕うように咳払いをして誤魔化した。
ウェザーは私の声が変にうわずったことを特に気にする様子はない。隣に座る端正なウェザーの顔が近付いてくる。ウェザーは人と話す時、顔を近付けて耳元で喋る。私に対してだけはない。誰に対してでもだ。初めてウェザーと話した時はそれはもう驚いたが、今は一応慣れた。一応といったのは、今でも少しだけどきどきしてしまうからだ。

「やはり疑問なんだが……」
「な、何が?」
「名前は本当に詐欺で収監されたのか?」

ついにウェザーにまで疑われてしまった。
私は散々人を騙してきて、詐欺で収監されたことは紛れもない事実である。

「そうだけど……」
「そうは見えない」
「……わ、わざと詐欺師に見えないようにしているのかもよ!策略とかそういうので!」
「……」
「そ、それに、私ってばほら演技派だから!」
「それはないだろう」
「っな!?」

ウェザーに即答され、何と言い返したものか続く言葉を探して口をぱくぱくとさせてしまう。

「そういうところだ。とても演技には見えない」
「わ、わざと動揺してる……え、演技かもしれないじゃない!」
「……成る程」

少しの沈黙と何か考える素振りを見せたかと思ったら、再び名前を呼ばれる。

「名前」

私が返事をする前に、近付いてきたウェザーの唇が私のそれ数秒の間重なって離れていった。
いきなりのことに驚いて、声にならない声しかあげられない私は本当にこの人の前だと普段の私とはかけ離れてしまっている。

「それは演技ではないだろう」
「っな、あ、うっ……」
「何度もキスをしているのに未だそういう反応なんだな」
「い、今のはいきなりだったから……!」
「なら、いきなりじゃなければいいのか?」
「は……?えっ……?」

再びウェザーの顔が近付いてくる。

「わっちょ、ちょっと待って!」

耐えられずウェザーから離れようとしたら、私のその行動を先読みしていたかのように腰に腕を回され離れようとした身体は逆に引き寄せられてしまった。
どうしたものかただ慌てることしか出来ない私に降ってきたのは、ウェザーが静かに笑みを漏らした音と額への柔らかい感触だった。

「君はやはり詐欺師には向いていない。詐欺師はもうやめたほうがいい」

優しい声色でそんなことを言う。
私が普段の私とは違ってしまうのはウェザーの前だけであるのに、この人の前でそれを証明することが出来ないのは少し悔しい。
もしかしたら、私が普段の私と認識していた方は演技をしている私であって、本来の私はウェザーの前での詐欺師に向いていない私なのかもしれないと思った。


2021/06/07
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