同期である名前は、任務後にふらりとどこかへといなくなる癖がある。
子供ではないのだから放っておいてもいいのだが、いつの日かそのまま名前が消えてしまいそうな予感が拭えず、いなくなるのならせめて連絡は入れるべきだ、と何度か名前に注意をしてみたところが彼女には全く効果がない。
こちらから彼女の携帯電話に連絡をしてみても、こういう時の彼女は携帯電話の電源を落としているため繋がることはまずない。携帯電話に電源が入っていないことを伝える無機質な機械音声を何度聞いたかは数えるのを止めてしまったので分からない。

今日は硝子と一緒の任務だった名前は、任務後にやはりどこかへと姿を消してしまったらしい。
一人になりたかったんじゃないの?と特に心配した様子のない硝子は私にそう告げると煙草を買いに出かけて行った。
確かに、硝子の言うとおりなのかもしれないが私はどうにも名前のことを放っておくことが出来ない。
それに名前の行き先には心当たりがある。ふらりと姿をくらました後、彼女は決まって電車を乗り継ぎ大体一時間くらいかけて海に行く。
海に行って何をしているかといえば、何もせずに堤防に座りぼうっとしているのだ。
そうやって遠くを眺めている彼女の横顔がいつも酷く儚げだったこともあり、彼女がどこかに消えてしまいそうだと私が思うようになった要因でもある。



「やっぱりここにいたのか……」

呆れを孕んだ声でそう言えば、いつものように堤防に座りぼうっと海を眺めていた名前の肩が少し揺れる。
夕暮れ時の海は、夕日で橙色に染まっていた。時折り吹いてくる海風と波音が心地良く感じる。

「連絡を入れるべきだといつも言ってるだろ」

言いながら彼女の隣へと腰掛ける。

「はーい」

間延びした声が返ってきた。
随分と気の抜けた返事ではあるが、きちんと返してくれるところは彼女らしいと思う。だからといって、次はきちんと連絡を入れてくれるのかというとそれはないのだろう。彼女は次も連絡を入れずにふらりと一人で海に来て、いつもの場所に座り遠くを眺めているのだ。そして、また同じことを私に言われる。その繰り返しだ。
隣に座る彼女の視線は相変わらず海に向けられたままだ。
水平線を眺めているように見えるが、もっとずっとその先の遠くに向けられているような気がしてくる。彼女は、いつかその遠くへといなくなってしまうのだろうか、と妙な不安に駆られてしまう。

「なんかさー」

黙っていた彼女が口を開いた。

「このままどこかに行っちゃいたくなるなあー」
「……」
「夏油はそういう日ない?」
「なくはないね」
「だよねー」
「ああ」
「ねーもし、どこか遠くに行くならどこがいい?」
「そうだな……海外とか」
「いいね海外。私はヨーロッパを巡りながら美味しいものをたらふく食べたい」
「それは楽しそうだね」
「でしょー」

ようやく彼女の視線が海を外れ、私に向けられる。
彼女の瞳に映った私は、自分でも驚くくらいに心配そうな表情をしていた。きっと彼女も私を見てすぐに分かったはずだ。彼女は少しだけ困ったような笑みを浮かべたが、特に言及はしてこなかった。それが有難いような少しだけ寂しくも感じる。

「あー……そろそろ帰ろっか?」

彼女は立ち上がると、歩き出そうとする。
瞬間、それを阻止するかのように彼女の手を掴む。
今この時に彼女がいなくなってしまうわけではないが、先程の会話のこともあり、やはり彼女はそのうちどこか遠くへと行ってしまいそうな予感がした。
おそらくその時は、いつもいるこの場所を探しても彼女はいない。いつになるかは分からないが、きっといつかはそういう日が来るのだろう。

「名前」
「ん?」
「……」
「どしたの?」
「何も言わずにいなくなるなよ」

少しの沈黙。
吹き抜ける海風がお互いの髪を揺らした。
彼女の瞳が私から逸れる。数秒海に向けられた後、再び私を映すと先刻と同じように間延びした声が返ってきた。



いつかと同じように夕日が空と海を橙色に染めあげていた。
名前は、いつもと同じように堤防に座り、いつもと同じように水平線を眺めていた。
いつもは名前がそうやって海を眺めていると夏油がやって来て一言二言小言を言ってくる。名前が気の抜けた返事をすると、夏油は軽く溜息を一つ落とした後で名前の隣に腰掛けるのだ。
そうして、夏油と特に意味のない会話をだらだらと続けるその時間が名前は嫌いではなかった。寧ろ好ましかった。
名前が夏油にいなくなるのなら連絡を入れるべきだと何度も言われても、それを無視してきたのは行先を告げたら夏油は探しに来てくれないのではないだろうかと思っていたからだ。探しに来てくれなければ、海を眺めながら他愛のない会話をするあの時間が訪れないような気がして、名前はわざと携帯電話の電源を落としてここに来ていた。
だが、今日はいつものようにはならない。いつもと変わらないのは名前だけで、夏油はいなくなってしまった。
きっともうここにはやって来ないだろう。ここだけではない。おそらく自分の前にはもう現れないだろうと、名前は予感していた。
名前は、水平線のずっと遠くに視線を向ける。やはりここから見える景色は変わらない。変わったのは、いつまでここで待ってみても隣に待ち望んでいる人物は現れないということだ。

「私には何も言わずにいなくなるなって言ったくせに……」

やけに大きく響いた波の音で、弱々しく漏らした名前の声はかき消される。

「何も言わずにいなくなったのはそっちじゃん……」

言いながら名前の視界が少しだけ曇り始めたが、大袈裟に鼻を啜るようにして無理やり誤魔化した。

「…………夏油のばかやろー」

ぽつりと漏らした名前のそれに、当然だが返ってくる言葉は何もなかった。


2021/04/17
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