生前、一度だけ名前と関わりを持ったことがある。
何度か晴明が名前を連れ歩いているのを見かけたことがあったため記憶の片隅にあった。晴明の後ろをついて歩く童、名前の姿がやけに印象に残っていたと言った方が正しいのかもしれない。
とある日のことである。一人、宮中で辺りをきょろきょろと童が見回しているのが目に入り、少しの間道満はその様子を離れたところから見ていた。どうやら晴明と離れ、迷子になっているらしいその童は行ったり来たりを何度か繰り返すと諦めたらしくその場に座り込んでしまった。
一度は放っておこうとも思ったが、どうにも気になった道満はその童の側へ行くと声をかけた。
聞けばやはり迷子だと言う。晴明のいる場所には心当たりがあった道満は、案内をするからついて来るように言えばその童は頷いてから黙って道満の後ろをついて来る。
会話は特になかった。童にしては、妙に大人しいというか表情がないと道満は思った。
長い廊下を進み角を曲がると、前方に晴明の姿が現れた。こちらに気付き近付いて来る。童は小走りで晴明の方へと進んで行く。それを見やると道満は自分の役目は終わりだという風にくるりと向きを変えその場を去ろうとした。だが、数歩進んだところで、袖をぐいっと引っ張られ足を止める。引かれた方へ視線を向けると、童が道満の袖を握っていた。

「案内してくれてありがとう」

身の丈六尺六寸の道満を見上げるように童が微かに微笑んでいた。いや、やはり無表情のままなのだが道満の目にはそう映った。



カルデアに召喚され名前を目にした時、あの時の童か、と道満はすぐに分かった。
当然、身長も伸びているし成長しているが面影がある。何より表情がないのは変わらずだった。
名前とのただ一度だけのあの出来事以降に、知ったことだが名前は赤子の時に晴明の家の前に捨てられていたらしい。
身につけていた物には名前の出自に繋がりそうな物は何一つなく、ただよろしく頼むといった内容が雑な文字で綴られた紙切れが一緒にあっただけだという。
晴明であれば、名前を捨てて行った人物を見つけ出すことはそう難しくはないだろう。しかし、晴明はそうしなかった。名前を弟子の一人として側に置き育て上げた。
だから、晴明の近くにいた名前であれば何かしら聞いているのではないかと道満は思った。
誰から見てもしつこいくらいに名前へ何度も何か聞いていないかと道満は尋ねていたが、返ってくる答えはいつも同じだった。

「何もないですよ」

相変わらずの無表情で淡々とした返答を聞く度に道満から漏れるのは溜息ばかりだった。
それでも、名前が忘れているだけという可能性もあるかもしれないと道満は諦めきれずに名前に付き纏い、気がつけばいつも側にいるようになっていた。
周囲の他のサーヴァントや職員、マスター等からは名前に付き纏う道満に最初の頃こそ奇異な眼差しを向かられることが多かったが、今ではそれもなくなっている。名前が側にいない時の方が珍しがられるほどになっていた。
名前はというと、道満に会ってから今日に至るまで特に変化はない。
元々、無表情という言葉がぴったりと当てはまる名前である。変化を期待するだけ無駄だろう。
今もいつもどおりの無表情で書物を読む道満の隣に座っている。が、先程から何やらチリン、チリン、と鈴の音が聞こえてくる。
誰が何をしているのかなどわざわざ確認をするまでもない。こういう悪戯を道満にする人物はここには一人しかいないのだから。

「名前殿」
「何ですか?」
「拙僧の鈴を鳴らすのをおやめなされ」
「えー、今は道満殿の鈴を鳴らすことくらいしかすることがないので無理です」

道満は、思わず溜息を漏らした。

「要するに、暇だと?」
「はい」

微かに名前の表情が動いて笑みを浮かべた。非常に分かりづらい変化だ。おそらく名前とあまり関わりのない人物には分からないだろう。
道満も最近ようやく一見無表情に見える名前の表情の変化が分かるようになってきたばかりだ。

「まあまあ、いいじゃないですか。私は楽しいですし」
「ンンンンン、拙僧は何一つ楽しくはありませぬが!?」
「……」

チリン、チリン、と鈴が鳴る。
道満に注意をされても名前が道満の髪についている鈴を鳴らすのをやめる気配はない。無言で鳴らし続けている。

「名前殿、おやめなされ」
「嫌です」

道満は諦めたように再び溜息を漏らした。
今この場から逃げようと思えば逃げられる。本気でやめさせようと思えばやめさせられる。
それなのに、諦めたように名前の好きなようにさせているのは何故か。道満本人が、それを自覚しているのかどうかは分からない。
ただ、カルデアでは度々同様な二人の姿を見かけることが多いことは確かであった。


2021/04/17
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