小さい頃から何度も同じ夢を見る。
私は、いつも山の中で得体の知れない黒い大きな塊のようなものに追いかけられている。
逃げても逃げても追いかけて来るそれのせいで、自分がどこにいるのかも分からなくなる。気付けば、随分と木が鬱蒼と生い茂った薄暗い山奥まで来てしまっていた。
背後を気にしながら必死に逃げる。
あれに捕まっては行けないと本能が告げている。
けれど、私を追いかけるのをやめてくれないそれは次第にじわじわと距離を詰めてくる。あと少しで黒い大きな塊のようなものに捕まりそうになったところで、いつも一匹の眠そうな目をしたタヌキがどこからともなく現れてそれをあっという間に倒してしまう。
そして、私に後をついてくるようにと言っているかのような仕草をしてくるのだ。
素直にそのタヌキの後をついて行くと、いつの間にか私は山の中ではなくどこかの神社の鳥居の前に立っている。私を助けて道案内をしてくれたタヌキの姿はどこにもない。
という夢を幼い頃から何度も何度も見ている。
繰り返し見るそれは、私が子供の頃に実際に体験したものなのか、それとも同じ夢を見ることによって記憶しているのかは分からなくなってしまった。

最近、その夢を見る頻度が以前より多くなった。
小さい頃から繰り返し見てきた夢ではあるが、毎日のように見ることは今まではなかったことだ。
同時に、視界に黒い影のようなものがちらつくようになった。それは、普通に毎日を過ごしていて時間帯や場所等関係なく私の視界に入り込んでくる。
始めは気のせいだと思ったが、どうにもそうではない。何故なら、次第にそれは確実に徐々にこちらに大きさを増し近づいて来ているからだ。
距離を詰めてくる度に、それは黒い影のようなものではなく黒い塊のようなものだということに気づいた。
そう、何度も見てきた夢で私を追いかけて来る得体の知れない黒い大きな塊のようなものによく似ている。いや、よく似ているではない。夢の中のあれと同じものだという確信がある。
となると私はやはりあれに捕まってはいけないのだと思うが、対処の仕方が分からない。こういったことをどこに相談しに行ったらいいものか。妙なところに相談して、詐欺に引っかかるなんてことは勘弁してほしい。
考えても一向にこれだという答えが出ず途方に暮れていた私が、たまたま通りがかった道でたまたま目に入って来たのがタヌキの看板だった。
真っ先に、夢で何度も私を助けてくれたあの眠そうな目をしたタヌキのことを思い出す。
普段の私なら特に気にも止めないのだが、何故だか妙に気になってしまう。近づいてみると、どうやらそこはバーらしかった。
地下へと続く階段を降りる。こじんまりとした店内は薄暗いが、悪い雰囲気ではなかった。その薄暗さが妙に心地よく感じた。
きょろきょろと店内を見回してみるが、客はいないようだった。カウンターにも店員らしき人はいないが、奥から人の話し声が聞こえる。誰かはいるようだ。
すみません、と声をかけてみるが反応はない。声が小さかったのだろうかともう一度、すみませんと声をあげると男の人の声で返事が聞こえてきた。
姿を現した店員らしき男の人を目にして、私は驚いて危うく声をあげそうになった。あまりにその人が、夢の中で私を助けてくれた眠そうな目をしたタヌキに似ていたからだ。
なんとか声は堪えたが、驚いた顔をしていたのだろう私にその人は不思議そうな視線を向けてくる。
笑顔を浮かべて、適当に注文をしてなんとか誤魔化した。

カウンターに座り、注文をした飲み物を口しながら、私は今までに誰にも話したことはない何度も見る夢の話をしていた。
何故、話す気になったのかは分からないが自然と話し出していた。続けて、最近視界にちらつくようになった黒い塊のようなものについても話していた。
こんな話をしても馬鹿にされるか気のせいだと言われるだけかと思ったが、その人は私の話に相槌を入れながら真剣に耳を傾けてくれていた。
ひととおり話し終えると、その人は妙に納得したような素振りをした後に一枚の紙を取り出して私へと差し出してくる。
そこには、怪異・霊障トラブル相談etc.隠神怪物相談事務所という社名と隠神鼓八千とその人の名前が記載されてあった。

「え?」
「実は、おじさんこっちが本業でね」

手にした名刺と隠神というその人を見比べながら訝しむような表情をしていたのだろう私に、その人は安心させるような口調で更に続ける。

「よろしければさっきの話もう少し詳しく聞かせてもらえませんか?」
「……」
「何か力になれるかもしれない」

真っ先に詐欺師の可能性を思い浮かべた。
どう考えても胡散臭いというのに、何故だかこの人ならなんとかしてくれるかもしれないという気持ちが沸いてくる。
何度も何度も夢の中で私を助けてくれたタヌキに似ているからかもしれない。
この人を信じてみようと私は、意を決して話の続きを口にすることにした。


2021/02/28
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