高杉の部屋の前に名前は立っていた。
たった一枚の襖を隔てた向こう側に高杉がいる。
襖を開けようと手を伸ばしては引っ込めてを先程から名前は繰り返していた。
実は、高杉と喧嘩をしているのだ。今となってはどうでもいいことで口論をして、結果名前は逃げるようにその場を後にした。
落ち着いて振り返ってみると、そもそも何が原因だったのかよく覚えていなかった。そのくらいにきっと、きっかけは些細なことだった気がする。
再び襖へと名前の手が伸びるが、襖に触れそうなところで止まる。
というのも、名前は銀時に言われたことを思い出したからだ。
実は、名前が高杉から逃げるようにして向かった先が銀時のところである。昔から名前は高杉と喧嘩をする度に逃げて行く先が銀時のところだった。それは大人になった今でも変わりはない。
今回も銀時のところに逃げ込んだのだが、名前の愚痴をひととおり聞き終えた銀時が口にしたのが、今頃綺麗な姉ちゃんと浮気してんじゃねーの?という名前の不安を煽るものだった。
銀時としては、つい冗談で口から出ただけだった。昔から高杉が名前のことを大切にしていたのも知っているし、高杉が名前をさて置き浮気をするはずがないことも銀時は知っている。
だが、名前は銀時の冗談を本気に捉えてしまったらしい。銀時のその言葉を聞いた瞬間に、名前の顔色が青くなった。銀時は、まずいとフォローを入れようとしたが、それより先に名前はやっぱり帰ると銀時のところを後にした。
そして、冒頭に戻るわけだが、いざ高杉の元へ行こうとしてもあと一歩が名前は踏み出せない。襖一枚を乗り越える勇気が足りなかった。
襖に触れそうなところで止まっていた手をやはり引っ込めてしまう。
だが、このままでは埒が明かないと名前は覚悟を決め深呼吸をすると、なんとか絞り出すように声を出した。声は出せても襖を開けて、高杉と顔を合わせる勇気はないらしい。

「晋助くん」

返事はない。
それでも確実に部屋の中に高杉がいることは名前には分かっている。

「……さっきはその……ごめんなさい」

素直に謝罪の言葉を口にするが、やはり反応がない。
名前の脳内には、銀時に言われた言葉が繰り返されているのと同時に、高杉の反応がないことにどんどん不安になっていく。
もしも中で既に綺麗な女の人といちゃついていて、名前が諦めて去って行くのを待っているのかもしれないと、名前は勝手に最悪の想定をして泣き出しそうになっていた。

「ごめん……ごめんね……。謝るから綺麗なおねーさんと浮気しちゃやだー!」

既の所で止まっていた名前の涙が溢れ出す。
子供のように声を上げて泣き出したところで、目の前の襖が勢いよく開いた。

「するわけねェだろ」

名前の涙が止まる。

「……ホント?」
「あァ。ったく、誰にくだらねェこと吹き込まれた?」
「銀時くん」
「チッ……」

隠そうともせず高杉は舌打ちを漏らした。
不機嫌そうに眉間に皺を寄せていたが、名前の目尻に溜まっている涙を見ると仕方がないという風に溜息を一つ落とした。

「浮気なんざしねェから安心しろ」

高杉の手が名前の目尻に溜まっている涙を拭う。
昔から泣き虫だった名前が泣く度にこうやって涙を拭ってやっている。もう何度、同じことを繰り返してきたのか分からない。

「うん」
「あと、喧嘩する度にあいつのところに行くのやめろ」
「……」
「おい」
「はーい、分かりましたァー」

なんとも気のない返事である。
分かったとは言ってはいるが、絶対に分かっていないだろうし、また喧嘩をすることがあれば今日と同じように飛び出して銀時のところに駆け込むのだろう。
本当に分かっているのかと続けようとした高杉だったが、すっかり泣き止んで高杉の浮気の心配がないことに安心した名前が甘えるように抱きついてきた。

「晋助くーん」

こう甘えられてしまっては、それ以上言葉を続ける気がなくなってしまう。
緩みきった表情で頬をすり寄せてくる名前の頭に自然と手が伸びる。ぽんぽんと軽く撫でてやると、えへへと気の抜けた声が聞こえてきた。
昔からどうにも名前のことを甘やかしてしまう。高杉自身に、自覚は勿論ある。甘やかすのを止めようとしたこともあるが、結局は出来ずに今日まできてしまっている。
きっとこれからも変わらないだろうな、と高杉は名前の頭を撫でながら思った。


2021/01/12
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