※実装前に触媒用に書いたものです。


中級貴族という位置から名前が没落してから一年が経過した。
没落してからすぐに名前の兄妹が病で死に、続けて両親もその後を追うように亡くなった。一人だけ残されてしまった名前に残ったものは、名前達家族を罠に嵌めて没落させたとある貴族への憎しみだけだった。
そのとある貴族にとって名前の父は邪魔な存在だった。
だから、罠を張り名前の父が罠にかかるのをじっと待っていた。時が経ち、その罠はじわじわと効果が増していく。名前の父が罠に嵌められていたことに気付いた時には既に遅すぎた。全てが手遅れだった。そこからの転落は早く、あっという間だった。
住んでいた家を追われ出て行く際に、遠目に見た名前の父を罠にかけた貴族の顔を名前は忘れられなかった。



日々募っていく全ての原因である貴族に対しての憎しみは増すばかりだった。
憎い憎い憎いと過ごしていく中で、呪ってやろうと名前は思った。
だが、名前は呪いの知識など持っていなかった。呪いたいが、肝心な呪い方が分からない名前は、非官人の陰陽師である蘆屋道満の元を訪れる。
門前払いされるかと思っていたが、まるで名前が来ることを始めから分かっていたかのようにすんなりと名前は蘆屋道満の元へと通された。
蘆屋道満は、名前が今まで見た誰よりも独特な雰囲気を持つ男だった。
それに当てられ、一瞬尻込みしそうになった名前だったが、一息吐き落ち着くと呪ってほしい理由と相手について口を開いた。
名前の話を時折目を細めるようにして聞いていた蘆屋道満は、名前が話終えると哀れむような視線を向ける。

「ンンン、それはそれは、大変な目に遭われましたねぇ……。構いませぬよ、拙僧が呪って差し上げまする」

にっこりと人の良さそうな笑みを浮かべる蘆屋道満に名前は安堵した。
しかし、後先を考えずに勢いのままに蘆屋道満の元を訪れた名前にはそれに見合う金がなかった。
金を用意するまで待ってもらえないかと相談をすれば、丁度人手が足りないという。不足分を蘆屋道満の手伝いをすることで、見合う額に届き次第名前が呪いたい相手を蘆屋道満が呪うということで互いに合意した。



名前が、蘆屋道満の手伝いを始めてから既に一年が過ぎている。
そろそろ名前の依頼に見合う額に到達しそうな頃合いではないのかと思い、蘆屋道満に聞いてみるが返ってくる言葉はいつも同じだった。

「あと少し足りませぬ」

だんだんと名前は、本当に蘆屋道満は名前の依頼を実行してくれるのかと不安になってきていた。
一年という間、蘆屋道満の側にいて不当な扱いを受けたことはない。待遇は良すぎるくらいだった。
それでも、一向に名前が呪いたい相手を呪ってくれる気配がないことだけが名前にとっての不満要素だった。

「ンンン、そう焦らずとも拙僧が必ず呪って差し上げまする」
「……はい」

心許ない名前の返事にそろそろ頃合いか、と蘆屋道満は思う。
蘆屋道満にとって、始めから名前の依頼にさして興味はなかった。呪ってやる気もない。名前の話を聞き思ったのは、暇潰しに丁度いいくらいのことだ。
呪いたくとも呪う術を持たない名前を、呪う術を持つ蘆屋道満の側に置くことで、蘆屋道満が他の依頼で他人を呪うのを目にしどう行動するのか何を思うのか、結末は分かっているがその過程を近くで観察し楽しみたい、ただそれだけだ。
実際、名前は蘆屋道満が他人を呪うところを見てから見様見真似で同様の術を実行してみたことがある。結果は、いうまでもなく失敗に終わっている。
名前には、術師としての才能がない。そして、己に術師の才能が全くないことにすら気付いていない。そんな人間を無駄に足掻いている様を近くで見るのが蘆屋道満にとっては滑稽で堪らなかった。
才能がない者がどうにかしようとしたところでどうにもならないのだ。ましてや、名前が呪いたい相手は色々なところから恨みを買っている人物である。当然、各方面から呪われることを見込んで術師を雇っているだろう。中途半端な術を使えば、呪いが返ってくるに決まっている。
愚かで真っ直ぐな名前を見ていると、笑いそうになる。ゆっくりと上がっていく口角を隠すように蘆屋道満は扇子を広げる。

「どうです?気分転換に簡単な術の一つでも覚えてみるというのは?」
「いいんですか!?」

無駄だと分かっていて、わざとそういう提案をすれば名前は嬉しそうな表情を蘆屋道満に向けてくる。
にっこり、と蘆屋道満は笑みを浮かべながら本当につくづく単純で馬鹿な女だと高笑いしそうになるのをぐっと堪えた。
この嬉しそうな笑顔が後に絶望という二文字を突きつけられた時にどんな風に歪むのか楽しみだと、蘆屋道満は思った。


2020/12/13
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