※学生時代
同級生の名字名前は、ふとした瞬間に口が悪くなる。
普段の彼女の口調は至って普通であり、会話をしていて口が悪いなと夏油は思ったことはない。
では、どういう時に彼女の口の悪さを感じるのかといえば、例えば任務で厄介な呪霊を相手にした時のことである。
あともう少しで、祓えるという時にその呪霊が分裂をして逃げようとした。分裂して、無数に増えた呪霊を目にした彼女が漏らしたのは舌打ちと次の一言である。
「めんどくせえな」
普段の彼女からは出そうもないその一言に少し驚いたのを夏油は覚えている。
他にも、五条に彼女が絡まれていた時のことだ。確かに、側から見ていた夏油もその絡み方はいかがなものかとは思っていた。見かねた夏油が助けようとした瞬間、ぼそりと彼女が五条には聞こえないように漏らした言葉は夏油の耳には届いてしまっていた。
「うぜっ……」
何度か彼女のそういうところを耳にして、夏油が気づいたことはおそらく彼女は無意識だということだ。
心の声とでもいうのだろうか、それがふとした瞬間に口をついて出てしまうのだろう。
また、とある任務でのことである。任務の内容を補助監督に説明を受けた直後、やはり彼女はぼそり、と一言を漏らした。
「クソかよ……」
彼女がそれを口にした瞬間と、補助監督の携帯電話が鳴ったのはほぼ同時だった。
着信音に彼女の声はかき消され、補助監督の耳には届いていない。が、彼女の隣にいた夏油にはばっちりと聞こえてしまっていた。
「名前は、たまに口が悪くなるね」
笑みを漏らしながら、夏油が彼女へと視線を向けると彼女の大きな瞳が驚いたように夏油を見ていた。
「えっ!?」
「今回の任務内容、名前がそう言いたくなる気持ちは分かるよ。けど、そういうのは時にトラブルを生む。今後は、気をつけた方がいい」
諭すように夏油が言えば、彼女は大人しく頷いてみせた。
彼女は、基本的に素直な人間なのだ。その素直さ故に無意識にああいった声が漏れてしまうのかもしれないな、と夏油は思う。
一週間後、再び夏油との任務になった名前は、現在自分達が置かれている状況を前に心の底からめんどくさいと思っていた。
出そうになった舌打ちをぐっと堪えたところまでは、以前より少しは進歩している。しかし、人間そう簡単に変われるはずもなく、やはり彼女の口からはいつものそれが漏れてしまう。
「めんどくせ……じゃなくて!お、お手間ですわね!」
夏油に注意されたことを思い出した彼女は、わざわざ丁寧な言葉で言い直した。
しかも、これでどうだ?と言わんばかりの表情を夏油に向けてくるのだから、完全に不意をつかれた夏油は思わず吹き出した。
2020/11/09