目の前で涙を流す彼女の頭を撫でてやる。
彼女が泣いている理由は、浮気をされたからだ。白澤にではない。相手が白澤であったのなら、彼女はここへは来ない。違う相手である。
白澤の記憶が正しければ、彼女がその相手と交際を始めたのは最近のはずだ。この短期間で浮気をするとは、元々彼女のことは本気ではなかったのだろう。最も、白澤は他人の浮気にどうこう文句を言える立場ではないのだが。だが、しかし、だからこそ白澤には分かっていた。彼女の交際相手がいずれ浮気をすることは分かっていたのだ。理由を問われれば、自分と同じモノを感じた――それが応えだ。白澤は、数回見かけた彼女の交際相手からそれを感じ取っていた。
白澤が彼女に何も言わなかったわけではない。忠告はしていた。アイツは浮気をするから付き合うのはやめた方がいいよ、等とストレートにではないが。少なくとも、オブラートに包んで忠告はしていた。
彼女も白澤の意見は聞き入れてはいたが、彼女の想いも強かった。彼女の想いは痛いほどに白澤にも伝わってきていた。それほどまでに彼女に想われる相手が羨ましいと白澤は、彼女に相談される度に思っていたし相談される度に辛くなっていく自分の気持ちにも気が付いていた。
一人だけに本気にはならないはずだった。なることもないだろうと自信があった。ならないようにもしていた。しかし、彼女はそれをあっさりと打ち破った。彼女は白澤のそんな気持ちに気が付くはずもなく、彼女が想うのはただただ一人だけだった。結果、浮気されることになろうとも彼女の想い人は変わらない。
何故、彼女の想い人は自分ではないのだろうか?こんなに近くにいて、おそらく彼女と共有した時間もそれなりに多いはずの自分ではないのだろうか?と白澤は思わずにはいられなかった。初めて本気で大事にしたいと思った、泣かせなくないと思った、ずっと側にいたいと思った、幸せにしたいと思った――それなのに彼女が想う相手は自分ではない。辛くて苦しい。
泣き止まない彼女の頭を撫でてやる手は止めない。彼女は白澤の気持ちに一切気付かずに、ただ一人を想って泣く。
どうせ敵わないのなら、せめて彼女を大事にしてくれる相手であったならよかったのだ。この際、アイツでもいいと白澤は思った。ムカつくことには代わりはないだろうけれど、アイツなら彼女をこんな風に泣かせることはしないだろう。
これ以上泣かないでほしい。これ以上そんな奴のために涙を流さないでほしい。彼女をこんなに泣かせる原因を作った当の本人は浮気相手と仲良くしているのだろう。想像すると、腹が立つ。
その浮気現場に乗り込んでやろうかと思ったところで、ふと考えが浮かぶ。やられたらやり返せばいい、と。やり返すのは、勿論彼女だ。ストレートに彼女にその旨を言ったところで、彼女がそれを実行するのは性格上無理だ。ならば、そうなるように上手く口説けばいい。彼女は押しに弱い。口説くのは、白澤の得意分野である。


「ねえ、名前ちゃん」
「…は、はい」


涙を溜めた瞳で白澤を見てくる彼女が愛おしく感じた。


「気持ちは分かるけど、そんなに泣いてたら可愛い顔が台無しになっちゃうよ」
「か、可愛くなんか…」
「可愛いよ」
「!」
「こーんなに可愛い恋人がいるのに、浮気するなんて考えられないなあ。僕だったら絶対しないよ」


言いながら、どの口が言えたものだと自分自身に毒づく。
再び涙がこぼれ落ちそうになった彼女の瞳にそっと白澤は口付けた。大きく見開かれる彼女の瞳、上がる白澤の口角――白澤はそのまま彼女の耳元に口を寄せて囁く。


「名前ちゃん、僕と浮気しよう」


彼女から動揺が伝わってくる。瞳が揺らぐ。


「え…あ、でも、今、白澤様…浮気しないって…」
「それは、名前ちゃんが恋人だった場合に限っての話だよ」
「え…?」
「浮気されたんだから、名前ちゃんが浮気しても彼は何も言えないと思うよ」
「…」
「悔しくないの?」
「…で、でも…」
「僕が協力してあげるからさ。僕と浮気しようよ」
「…」
「それとも、名前ちゃんは僕のこと嫌い?嫌?」
「き、嫌いじゃないです…」


今まで揺らぐことのなかった彼女の気持ちが揺らいでいる。おそらくあともうひと押し――


「だったら、ねえ…いいでしょ?」


揺らいだ隙につけ込んで口付けた



2013 10 20

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