攘夷戦争が終わってから、暫くという間を空けて私の元に幼なじみがやって来た。
私にとっては彼は幼なじみだが、世間的には過激派攘夷志士であり指名手配をされている人物でもある。
その高杉が、こんな真昼から一般市民である私が暮らすアパートの呼び鈴を堂々と鳴らして訪ねて来るのだから、この近辺の治安はどうなっているのだろうと心配になってしまう。
今度、ホームセンターに防犯グッズを購入しに行った方がいいかもしれないと、私の部屋に入るなり私を抱き締めたまま動こうともしない高杉の腕の中でぼんやりと考えていた。
いきなりのことに驚いて始めは、抜け出そうともがいていたのだが、がっしりと力を込められた高杉の腕からは逃げ出すことが出来ず早々に諦めた。
こうして高杉の腕の中に閉じ込められて、早十分くらいは過ぎただろうか。一向に私を抱き締めている腕が緩む気配はない。それどころか何を言うわけでもない高杉は一体何の用事でわざわざここまで来たのだろうか。
はあ、と一息溜息を吐いて新たに空気を吸い込むとよく知る高杉の匂いとふわりと新しい畳のような匂いが鼻腔を擽る。
昔の高杉からはしなかった匂いに首を傾げる。香水とも違うこの独特ともいえる匂いは嗅いだことはなかったが、知識レベルでなら心当たりがある。煙管だ。どうも煙管にも色々種類があるらしいが、上手く吸うと新しい畳のような匂いがすると聞いたことがあった。

「ねえ高杉」

名前を呼ぶと、ようやく私を抱き締めていた腕が少し緩んだ。高杉の視線が落ちてくる。

「もしかして煙管吸ってる?」

私の発言が意外だったのか少しだけ驚いたような表情をすると、肯定の返事が短く返ってきた。

「やっぱり」
「何で分かった?」
「匂いで」
「……お前」

言いかけて言葉を止めた高杉は訝しむような視線を私に向けてくる。
心なしか次第に、眉間の皺が深くなっていっている。この表情には見覚えがあった。機嫌が悪い時に高杉が昔からよくする表情だ。
今の会話に何か高杉の機嫌を損ねるようなことがあっただろうか、と考えていると普段より数段低い声が降ってきた。

「……どこで煙管の匂いなんざ覚えてきやがった?」
「え?」
「野郎か?」

今にも人を殺さんとするような鋭い視線が私に向けられる。

「た、高杉?ちょっと落ち着いて」
「あァ?」
「ひっ!?」

怖い。幼なじみが怖い。
高杉の腕の中きら逃げようと再びもがいてみるが、やはり無駄な努力に終わる。先程緩めた腕の力は私を逃がさないと再度込められた。

「どこの野郎だ?」
「ど、どこの野郎でもなくて!本で読んで知ってただけ!」
「……は?」
「は?じゃなくて、そういう知識があっただけ!分かった?」

今の今まで発していた殺気は消え、そこには呆気に取られた表情を浮かべている高杉がいた。

「それを早く言やいいだろうが」
「高杉が言わせてくれなかったんでしょ。怖かったし……」
「……悪ィ」

今度は私が呆気に取られてしまった。
素直に謝罪を口にする幼なじみは非常に珍しい。憎まれ口ならいくらでも出てくる高杉に、こんなにすんなりと謝られるとは驚きである。離れている間に彼も大人になっていたらしい。

「名前」
「何?」
「……」
「えっ何?」
「……どこの野郎にもお前を渡したくねェ。そして、渡す気もねェよ」

何をいきなり言い出すのかと思えば、予想外なことをやけに真剣な表情でそれでいて優しげに口にするものだから、その意味を理解するのに数秒かかってしまう。
意味を理解したからといって、続く言葉は出てこなかった。ただただ驚いた表情を高杉に向けることしか出来なかった。

「名前、驚いて何も言えねェか?」

こくこく、と頷くと高杉は私の頬を撫ぜた。

「今日、俺が何しにここにやって来たか教えてやらァ。お前を迎えに来た」
「え……」
「ちなみに拒否権はなしだ」

不適な笑みを浮かべている高杉に、ようやく冷静さを取り戻してきた私は拒否権がないというのはどういうことかと反論をしよう口を開こうとしたが、それを予期していたかのように容易く高杉に阻止されてしまう。
私の口を塞ぐように重ねられた高杉のそれに目を見開いた。高杉は、わざとらしく音を立てて離れていく。

「反論もなしだ」

にやり、と笑うとまた私の唇は高杉のそれが重ねられた。
唇を割って入ってきた高杉の舌に先程よりも深くなりそうだと諦めて目を閉じる。大人しく幼なじみを受け入れてしまう私は、きっといつかこんな日が来ることを攘夷戦争が終わってから待っていたのだと思う。
その後、高杉に連れてられて行った私は高杉と行動を共にすることになる。
私を迎えに来た時に高杉からしていた煙管の匂いは、今や四六時中一緒にいるせいもあり私にも染み付いてしまっている。


2020/08/24
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