攘夷戦争が終わり、私は幼なじみである高杉の前から姿を消した。
高杉について行けば自ずと戦いの中に身を置くことになるだろうと全て分かってしまったからだ。
私は、もう戦いたくはなかった。刀を手にしたくなかった。仲間が死ぬとこを目の当たりにするのは怖かった。だから、逃げた。
高杉から直接何をしようとしているのか聞いたわけではないが、話さずとも高杉を見ていれば彼が何を考えているのかは分かる。伊達に幼なじみをしているわけではない。それほどまでに、高杉とは同じ時間を共有してきていた。
そして、それは高杉にとっても同じである。高杉にも私の考えはお見通しだった。私がどこに逃げたのかも全てバレてしまっていた。
見つからないように色々な場所を転々としていたのだが、ついに今の私の潜伏先である歌舞伎町で高杉に出会ってしまった。いや、待ち伏せされていたと言った方が正しい。
いつものように帰宅しアパートのドアを開けて中に入ろうとしたタイミングで、物陰から現れた人物によって私は無理やり部屋へと押し込まれてしまった。まずい、と認識した時には既に遅い。ガチャリ、と背後で鍵が閉まる音が聞こえた。
同時に、頭上から喉を鳴らすような笑い声がする。その笑い方には非常に聞き覚えがあった。振り返れば、至近距離で高杉が愉しそうな笑みを浮かべていた。

「よォ、久しぶりだなァ」

一連の出来事と突然の幼なじみの登場に驚いて、言葉が出てこない。

「お前、腕が鈍ったんじゃねェか?簡単に背後取られやがって……」
「……」
「それに、無用心すぎだ」

高杉が私の頬を撫でる。
ゆっくりと顔が近付いてきたところで、はっとして高杉の肩を押し除けた。不満そうな高杉の視線が落ちてくる。

「い、いきなり何?」
「あァ?いいだろ」
「何故?」
「……会いたかった」
「は?」
「悪ィか?お前に会いたくてずっと探してた」

私の腰に腕を回すと高杉はそのまま引き寄せ私を閉じ込めた。逃げようしても、がっしりと抱き締められているため私の力では無理だということを瞬時に悟る。

「ったく、何も言わずにいなくなるんじゃねェ」

私を抱き締めている高杉の腕に力がこもった。

「えっと……ごめん?」
「何で疑問系なんだよ……」
「なんとなく?ここは謝っとくべきかなって」
「へェ……まあ、許してやらねェが」
「えっ」

私の謝り方もふざけていたといえばそうなるのだが、それでも一応は謝ったというのに高杉は許してくれないらしい。
とはいっても、許さないという言葉とは裏腹に、明らかに私を揶揄っている声色だった。
くつくつと喉で笑って、私の頭を撫でる。その手つきからは、何百、いや何千かもしれない天人共を攘夷戦争で殺してきた男とは思えなかった。

「なァ、名前」
「何?」
「許してやる代わりに条件がある」
「条件?」
「あァ、俺の側にいろ」
「え……それだけ?」
「ああ」
「でも……」

私は、と私が高杉の前から姿を消した理由を口にしようとする前に分かっていると遮られた。

「お前は何もしなくていい。ただ俺の側にいればそれでいい」
「何それ……。それでいいの?本当に?」
「構わねェ。お前がしたくないことを無理にさせる気はねェよ。それとも……」
「……」
「俺の側にいるのも嫌か?」

きっと他の誰にも気付かないくらいの揺らいだ声を出して、高杉はそう言った。
もしかしたら声を発した本人も気付いていないのかもしれない。高杉の腕の中にいる幼なじみである私にしか分からないような些細な変化。不安を面に出す人ではないことは知っている。私が嫌だと答える可能性を考えて、本人の意図とは関係なく揺らいだ音となって私に届いたのだろうか。

「嫌じゃないよ」

そっと高杉の背中に腕を回せば、高杉から安心したような息が漏れる。
私は高杉のことが嫌になって、高杉の側から姿を消したわけではない。戦いが嫌になって逃げ出したのだ。戦わなくていいのなら、高杉の側を離れる理由はなかった。
長く同じ時間を過ごして来た幼なじみの側を何も言わずに離れたのは、やはり寂しかったと今更ながらに思う。
高杉が、ただ側にいるだけで構わないというのならその言葉に甘えてしまうのだ。

「名前」
「んー」
「もう勝手にいなくなるなよ」
「分かった」

素直にそう返事をすると頭を撫でられた。
高杉のその手がやはり優しくて温かくて、昔からこうやって高杉はよく私の頭を撫でてくれたことを思い出す。懐かしくて少しだけ泣きそうになったのは秘密にしておこうと思った。


2020/08/24
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