※コミックスに未収録な表現あり


斜め前を歩く人物に向けて撃たれた弾を名前は、その人物から逸らすと、そのまま狙撃してきたと思われる方へ弾を方向転換させた。弾は勢いを落とさずに、名前が方向転換させた方へと飛んでいく。
一連の流れを鼻歌交じりに、片手に持った棒付きキャンディを指揮棒に見立て、指揮でもするかの様に名前はやってみせると狙撃された人物へと呆れた様に声をかけた。

「大黒部長〜、今月入って何回目だと思ってるんですか?」
「何がだ?」

名前に声をかけられた人物、名前の上司である大黒は顔色一つ変えずに疑問を口にした。

「狙撃された回数ですよ」
「数えたことがないな」

同様のやり取りは今日が初めてというわけではなくいつものことなのだが、名前はいちいちリアクションを取らずにはいられなかった。
出張先で、取引相手との交渉を終えホテルまでの道中での出来事である。時刻は、二十時を過ぎてすっかりと日が暮れてしまってはいるが、外灯で十分に明るい。それに、まだ人通りも少ないとはいえない道でのことだ。
この状況で狙撃をしてくるのだから、大黒への恨みが強いのか腕に自信があるのかは分からないが余程殺したいのだろう。であるのに、特に興味がなさそうに淡々と返してきた大黒に名前は大袈裟なくらいに溜息を落とした。

「まだ今月に入ってから!一週間しか経ってないのに五回ですよ五回!」
「そうか」
「人ごとか!?」

名前のツッコミが入ったところで、大黒の態度が変わるはずもなく両ポケットに手を入れたまま歩くペースも相変わらずである。
これ以上何かを言ったところで無駄であるということを分かっている名前は、再度わざとらしく溜息を吐くと黙って大黒の後に続いた。
名前は、第二世代能力者で炎を操る。操作能力は優秀で、灰島の中で名前の操作力に勝る者はそういないだろう。
能力だけではなく、名前は灰島という一企業の中で優秀な人物である。ただ、スーツをだらしなく着崩した格好と素行の悪さがやたら目につき恨みを買いやすくもあった。それが原因で、優秀な名前に嫉妬をした人物にやってもいないミスを押し付けられ首を切られそうになったことがある。
それを使い道があるのにもったいないとすんでのところで名前を助けたのが大黒だった。大黒がいなければ今の名前は存在しない。
ちなみに、名前を陥れ入れようとした人物がその後どうなかったといえば大黒以外には誰も知らない。名前がそれとなく大黒に聞いてみたところ上手い具合に話を逸らされ結局は教えてもらえなかった。
大黒に助けられてからは、名前は大黒のボディカードを務めるようになっていた。
大黒の人間性が最悪だということは、噂で知っていた。だが、耳にしているのと実際関わってみて目の当たりにするのでは話は違ってくる。噂以上に、かつ名前の想像していたより最悪だったことに驚いたのはいつの日だったか。
驚きつつも名前の元々誰に対しても物怖じしない性格もあって、先のやり取りの様に大黒にツッコミを入れられるくらいには今ではすっかり慣れてしまっている。
そんな大黒でも、国民相手には包み隠さない傍若無人さが逆に裏がないと人気はあるらしいが、何せ人間性が最悪である。恨みを持つ人物も少なくない。
実際に、大黒の命を狙いにくる人物は多かった。あまりの多さに名前は、ボディカードに着いてから大黒の命を狙ってきた人物を全員数えていたが、二ヶ月で数えるのを止めている。
名前が自ら進んで大黒のボディガードの任に着いたわけではなく、大黒から半ば脅しに近いかたちでそういう契約をさせられた。
最初は断ろうとした名前だったが首を切られそうになっていたところを助けられたという恩があるため、名前は大黒に頭が上がらず大黒から差し出された契約書に渋々サインをしたのだった。

「私が強くて優秀だからなんてことないですけど、ちょっと他人から狙われすぎじゃないですか?」

再び大黒目掛けて飛んできた弾の方向を変えながら、斜め前を歩いている上司を見やる。

「狙いたいやつには狙わせておけ」
「それ、部長が狙われて守るの私なんですけど……」
「そういう契約なんだ、当然だろう」
「……まあ、そうですけど」
「何だ?もしかして俺の心配をしてるのか?」
「え、まさか」
「口には気をつけた方がいいぞ……次のボーナスの査定を下げるか」
「心の底から心配してるのでそれはやめてもらえないでしょうか?」
「私は部下とは交渉しない」

そこから一方的に名前が騒ぎ立てるが、大黒は相手にしなかった。
名前が大黒のボディガードに着いてから二年になるが、この手のやり取りは何度しており、日常になりつつある。毎回、圧倒的に大黒に振り回されてばかりの名前だが、それでもこの仕事を辞めずに今日まで続けているのは今までの実績から大黒についていけば間違いがないと知っているからだ。

「ねえ!大黒部長!ちょっと私の話聞いてもらえますか!?」

ボーナスがかかっているため、諦めずに必死に大黒に詰め寄る名前の声だけが、夜の街に虚しく響いた。


2020/08/18
×
「#幼馴染」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -