俺には名前という幼なじみがいた。
近所に住んでいて、物心つく頃には既に側にいた気がする。
ガキの頃、俺より名前の方が背が高かった。
背だけではなく、喧嘩も剣術も全部名前の方が強かった。悔しがる俺に対して、調子に乗った名前は、ニヤニヤとした笑みを浮かべていたのをよく覚えている。その顔がムカついて俺から喧嘩をふっかけるが、いつも返り討ちにされ一度も勝てたためしがない。

「私の方が強いから晋助くんのこと守ってあげる」

攘夷戦争に参加することになった時、名前はそう言ってついて来た。
その時には、既に俺は名前より背が高くなっていた。喧嘩はたまにはすることもあったが、ガキの頃の様なそれではなく軽く口喧嘩をするくらいになっていた。
剣術だけはまだ名前の方が若干強かった。その腕があれば戦争で十分な戦力になるだろう。誰もが実力を認めていた。女だから、という理由で名前が戦争に参加にすることに反対する者はいなかった。というか、反対する者もいたにはいたが全員名前が倒して無理やり意見を押し通した。反対した男達を全員殴り倒して、踏んづけている幼なじみの図は記憶に強烈に残っている。

「戦争が終わったら夏祭りに行こうね」

とある夏の夜に、星を眺めながらそう約束をした翌日に名前は死んだ。
自分の持ち場にいた天人を殺し終えひと息吐こうとした瞬間に名前を呼ばれた。声のする方へ視線を向けると、俺の名前を呼びながらヅラが走って来るのが見える。
近付いて来たヅラの取り乱した様子を目にした時、嫌な予想を既に脳内に思い浮かべてしまっていた。それを必死に否定しようとするも、ヅラの口から出た言葉がそれをさせてはくれなかった。

「高杉!名前が…………」

死んだ、とヅラが言い終わる前には既にその場を後にしていたかもしれない。どのタイミングで自分が駆け出したのか、どこをどう通って名前がいる自陣内へ向かったのか正確に覚えてはいない。途中、襲いかかってきた天人を数人斬り殺した気がする。

「名前!!」

力任せに荒屋の扉を開ける。
ここは、主に怪我人を寝かせている荒屋のうちの一つだ。俺の扉を開けた音と同時に、中にいた仲間達の視線が一斉に俺へと向いた。
その仲間達に囲まれる様にして、中心に横たわっているのは血に濡れた名前だった。
どれくらい経ったのか分からないが、名前の戦装束にべったりとこびりついた血は赤黒く変色してしまっている。

「名前……」

嘘だろ、と言いかけた言葉は最後まで音にならなかった。
ヅラがわざわざ名前が死んだと嘘をつくはずがないということは分かっていた。それでも、自分の目で確かめるまでは信じられなかった。否、信じたくなかった。
いざ目の前にすれば、想像よりも強烈な現実が一気に押し寄せてきてどうしたらいいのか分からない。

「名前……」

その場に立ち尽くし、名前を呼んでももう返事をすることはない幼なじみの名前を口にすることしか出来なかった。
名前に何があったのかは、全て銀時から聞いた。
天人に襲われそうになっていた仲間を庇い、深傷を負ったらしい。それを目にした銀時がすぐに助けに向かおうとしたが、天人に邪魔をされ敵わなかった。
なんとか天人を斬り殺し、名前の元へ辿り着いた時には名前は地に横たわり虫の息だったそうだ。銀時に名前を呼ばれた名前が、最後の力を振り絞り俺宛てに言い残した言葉は謝罪だった。

「約束……守れなくて、ごめんね……」

伝えたからな、と言い残し銀時はその場を後にした。
それから、徐々に他の仲間達も出て行き荒屋の中には俺と名前の二人だけになった。不器用な奴らが大半だが、奴らなりに気を使ったのだろう。
ゆっくりと名前へと近付く。傍らに座り、眠っている様に目を閉じている名前の頬へそっと触れる。驚くほどに冷たく感じた。

「名前……」

再び名前を読んだ。返事がないことは分かっている。
今朝、戦場に向かう前いつものように他愛のない会話を交わした。特に変わった様子は何もなかった。

「じゃ、また後でね晋助くん」
「あァ」

いつもどおりだった。
まさかあのやり取りが最後になるなんて誰が思っただろうか。
もし、俺が名前の側にいたら名前を助けることが出来ただろうか。分からない。もしもの話など事が起きた後にいくら考えても無駄だということは分かっている。理解しているからといって止められるものではない。

「なァ名前……何でだ?」

名前の頬を撫でる。俺の知っている名前の頬ではない様にひんやりとして固かった。

「お前言ったよな?自分の方が強いから俺を守るんだって……。俺ァどうお前に守られればいい?」

しんとした室内に、俺の声だけがやけに大きく響いている気がした。

「祭りに行く約束もだ……守れねえって謝られてもこれじゃあ怒れねえだろ。俺ァどうすりゃいいんだ?なァ名前……」

幼なじみの顔が歪む。
ぽたり、床に落ちた水滴を見て自分が涙を流していることに気がついた。



攘夷戦争が終わると、俺は名前の墓を見晴らしのいい高台に建てた。
周囲は、山深く樹々に囲まれているが名前の墓の前は開けているため遠くまで景色がよく見渡せる。
通常も眺めがいい場所だが、何故俺がわざわざ故郷でもないこの場所を選んで名前の墓を建てたのかといえば、ここからならば祭りで上げられた花火がよく見えるからだ。穴場中の穴場というやつだ。
名前が死んでから既に数年が経過している。俺は毎年、名前の命日に名前が好きだった桔梗を持って会いに来る。
今年も桔梗を持って会いにいけば変わらずそこに名前が待っていた。桔梗を供え、声をかけるが勿論返ってくる言葉はなく、ひぐらしの鳴き声だけがやけにうるさく聞こえた。
もうすぐ日が暮れる。日中じりじりと照らしていた太陽は沈みかけ空を橙色に染めていた。
周囲に明かりというものはないこの場所は既に闇が迫ってきているが、俺は気にもせずに名前の墓の隣に腰を落とす。そして、持ってきた日本酒をお猪口二つに注ぐと一つは名前の墓の前に置いた。もう一つを手に持つとぐいっと飲み干す。

「花火を肴に晩酌といこうや」

どんっと大きな音が鳴り、夕暮れの空に華が咲く。
偶然なのか名前の命日には毎年祭りが開かれる。その祭りで上げられる花火がここからよく見えるのだ。
始めの一発を皮切りに次々と花火が打ち上げられていく。

「名前、見えてるか?今年も始まったぜ」
「……」
「一緒に祭りには行けねェが、毎年ここからお前と見る花火を楽しみにしてんだぜ俺ァ」

暗くなってきた空に青色の華が咲き乱れる。

「名前……お前青い花火が好きだったよなァ」
「……」
「青い花火を見てるお前の横顔が綺麗で、俺が花火よりお前に見惚れてたって知らなかっただろ?」
「……」
「まあ、今だから言えるってのもあるけどな」

毎年、こうやって一方的に名前に語りかける。
傍から見たら頭がおかしくなった様に見えるかもしれないが、ここには俺と名前以外には誰もいないのだから気にする必要はない。

「名前……ここに来るのが俺ばっかりでつまらねえか?」
「……」
「だとしても、悪ィな……誰にもここを教える気はねェ。あいつらにもな。独り占めしてえんだ」

打ち上げられる花火の数が多くなる。どうやら終わりは近いらしい。
すっかり真っ暗になった空に色とりどりの華が姿を表しては消えていく。
どんっと一際大きい音と大きい華を夜空に咲かせると、今までの賑やかさが嘘の様に鎮まりかえる。

「ああ、今年も終わっちまったか……」

お猪口に残っていた酒を飲み干す。
余った酒と俺のお猪口は名前のお猪口の隣へと置いた。

「じゃあまたな、名前」

そう言い残し、俺は名前に背を向け真っ暗な闇へと続く道へと足を踏み出した。
俺がこれから歩もうとしている道も、同じ様に先が見えない暗闇かもしれない。隣に名前がいたらと何度思ったことか。
もし、名前が今も隣にいたらあいつは攘夷戦争に参加した時のように、私が守ってあげると言っただろうか。その様を思い浮かべて、ふっと口元が緩む。

「今はもう俺の方が強ェよ。今度は俺がお前を守らねえとなァ」

独り言だ。
返ってくる言葉などは端から期待はいないが、さわさわと風で揺れた樹々の音と共に名前が笑った様な気がした。


2020/07/02

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