「お嬢、ちょっといいか?」

話があるんだ、と声をかけられた名前は素直に紺炉の後をついて行っていた。
人気の少ない方へと向かっている様な気がしたが、名前が紺炉のことを疑うことはない。
紅丸の双子の妹である名前は幼い頃あまり身体が丈夫ではなかった。よく体調を崩し病床に伏せることが多かったのだが、その度に決まって名前を看病をしていたのは紺炉だった。
紅丸と喧嘩をして家出をした名前をいつも必ず見つけ出して連れ帰るのも紺炉だった。他にもあげればキリがないくらいには紺炉と一緒に過ごしてきた。
だから、名前は紺炉のことは全面的に信用している。
裏路地に少し入ったところで、名前の前を歩いていた紺炉の足が止まる。不思議に思った名前が、どうしたの?と声をかけるより先に振り向いた紺炉が彼女の腕を引き、抱き寄せるのが先だった。

「名前」

名前より背の高い紺炉の声が頭上から下りてくる。普段聞き慣れている声よりも少しだけ低いそれに名前は肩を揺らした。
突然のことに驚き動揺した名前だったが、数秒後何を思ったのか紺炉を突き離し距離を取ると睨む様な視線を向ける。

「……あなた誰?」
「名前何言ってるんだ?」
「気安く私の名前を呼ばないで。あなたは紺炉じゃない。誰?」

更に名前の警戒が強まる。

「誰って見りゃ分かるだろ?」
「分からないから聞いてるの。紺炉の姿をして私に何の用?」

名前から向けられる警戒の色が薄まらないことに、諦めたのか紺炉は一際大きな溜息を一つ落とすと乱雑に後頭部を掻き始めた。

「なあーんでバレたかな?どっからどう見ても相模屋紺炉だろ?なあ?」

急変した紺炉の姿をした男の態度に、名前は一歩後ろへと下がる。
周囲に何か武器になりそうな物がないか視線を走らせると、昼間の壊れた家屋の修復へ使われた残りだろうか丁度細長い角材が壁へと立てかけてあるのが目に入った。素早くそれを手に取ると、手頃な長さへと折り、刀を構える様に紺炉の姿をした男へと向けた。

「おいおいお嬢ちゃん、そりゃ何の真似だ?」
「見て分からない?」
「あーさっき抱き締めた時にさっさと気絶させとくんだったな……ミスった」

一歩、紺炉の姿をした男が名前へと近づく。
名前は、自身を落ち着ける様に深く息を吐き出すと、目の前の男の動きへと神経を集中させた。
紺炉の姿をした男は、名前が折って捨てた方の角材を拾い上げると名前と同じ様に構えてみせた。その表情からは、明らかに名前のことを見くびっていることが見てとれる。
名前は、第三世代能力者だが双子の兄である紅丸のように炎を操ることは出来ない。能力も回復に特化したものであるため、戦闘では使えないのだが、今の名前が戦えないと思い込むのは間違いである。
実際子供の頃の名前は、守られてばかりだった。それをよしとはせずに名前は思い悩んだ。自分ばかり守られてばかりは嫌だと何故自分の能力は回復しか出来ないのかと。

「もし、紅や俺が怪我した時は名前が助けてくれるか?これは名前にしか出来ねェことだ」

落ち込んでばかりいた名前をそう言って慰め、自信をつけさせたのは紺炉である。

「能力を使わずとも戦う方法ならいくらでもある。危険なことに巻き込みたくはねェが……まァ最低限はな」

そうして、名前が自分の身は自分で守れるようにと剣術を教えたのも紺炉である。結果、名前は見事に剣術を身につけ紺炉の予想よりも上達してみせた。

「あのまま大人しくしてりゃあよかったのになお嬢ちゃん」

紺炉の姿をした男は、手に持つ角材を振り上げると名前へと勢いのまま振り下ろした。名前は、それを自身の手にしていた角材で受け止めるとなぎ払い、角材を持つ男の手へと一撃入れる。
ばしん、とした音と共に男の手から角材が離れ地面へと転がった。手の痛みへと気を取られている男へ、名前は思いっきり突きを喰らわせる。瞬間、男は呻き声を上げながら吹き飛び地面へと崩れて落ちた。

「紺炉がこんなに弱いわけないじゃない」

ぴくりとも動かない男は完全に気を失っているのだろう。
名前がほっとした様に一息吐くのと、ほぼ同時に背後からよく知る声がかけられた。

「名前!」

慌てた様な声色に、振り向けばそこには少し息を切らせた紺炉が立っていた。
紺炉は、名前が手にしている角材と少し離れた場所に転がっている自身の姿をした男を交互に見やると瞬時に状況を察した。そして、安堵した様に名前へと手を伸ばす。

「怪我がねェようでよかった」

しかし、紺炉の手は空を切る。
再び警戒の色を強めた名前が一歩下がり、紺炉から距離を取ったからだ。

「名前?」
「また……紺炉の偽物?」
「はァ?何言ってんだ?俺ァ本物だ」
「偽物が偽物って認めるはずないでしょ」

角材を構えると紺炉の静止の声も聞かず、名前は先程と同様に突きの攻撃を仕掛けるが目の前の紺炉はそれを躱してみせた。

「え……躱した?本物?」
「だからそう言ってるだろ……」
「紺炉?」
「あァ」

ふっと名前から警戒の色が消えるのと同時に手から角材が滑り落ちる。

「紺炉、あの……」
「何だ」
「その……疑ってごめんなさい。てっきりまた偽物が現れたのかと……」

気まずそうに視線を落として謝る名前に、紺炉は苦笑を漏らすと気にしなくていいと名前の頭を撫でる。

「無事でよかったよ」

紺炉に頭を撫でられている名前の表情は安心しきったものへと変わっていた。昔から、こうやって紺炉に頭を撫でてもらうのが名前は大好きだった。

「それにしても、よく偽物だと見分けがついたな」
「うん。だって紺炉の匂いじゃなかったから」
「は……?」

えへへ、と緩みきった笑みを浮かべている名前とは反対に紺炉の動きが止まる。
名前にとっては、よく知っている紺炉の匂いは安心する匂いという認識であり悪気は全くない。偽物の紺炉に抱き締められた時、よく知る匂いとは違ったためそこで本物の紺炉ではないと判断したのだが、紺炉からしてみれば自覚はなくとも名前に匂いで判断されるほど自分が臭っていたのだろうかと悩むには十分だった。
後日、紅丸に自身が臭くないか確認をする紺炉がいたらしい。


2020/06/22
浅草編でこういうやり取りがあったらいいなという話を勢いで書いてました。
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