女の戦士という存在は珍しかった。
それだけでも稀有な存在だというのに、かつ首領も女という兵団は他にはないかもしれない。少なくともアシェラッドは他に聞いたことも見たこともなかった。
首領が女だからか兵団の中にはちらほらと女が混ざっている。女だからと甘く見てはいけない。この兵団の女は勿論首領を含めてそこいらの男よりはるかに強い。
特に首領である名前は、二十歳前後の若さで兵団を纏め上げ槍を扱わせたら右に出るものはいない。
彼女は槍だけはなく、剣術も強かった。その剣術を彼女に教えたのはアシェラッドである。
名前の今は亡き育ての親が、現在彼女が率いている兵団の首領だった。現在は彼女がその後を継いで、おおよそ五年という年月が経っている。
その彼女の育ての親とアシェラッド率いる兵団は、昔よく組んでいた時期があり、幼い名前はどういうわけかアシェラッドによく懐いた。
懐いたきっかけは今となっては何だったか定かではない。気付いた頃には、アシェラッドがどんなに彼女を邪険に扱っても、めげずに後を追いかけてきた。結局は、幼い彼女の押しの強さにオレの負けだ、とアシェラッドが白旗を上げる形になった。
幼い名前は、彼女のサイズに作られた槍を手に雑魚相手には戦える力は既に持っていた。この子が一人でも戦い抜いて生きていけるようにと、名前の育ての親は彼女に色々な武器の使い方は勿論、他にも文字の読み書き地図の見方、戦術の立て方、航海術等あらゆることを教え込んでいた。
名前のことを女としてではなく、一人の人間として見ていた数少ない人物である。
一言で言えば変わり者だった。略奪後の村にたまたま立ち寄ったら、一人ぼんやりと周囲に転がる村人だった成れの果ての中で立っている三歳くらいの子供を見かけ、普通なら放っておくその子供に声をかけたのは死んだ妹に似ていたからだという。だから、拾って育てることにしたと酒を飲みながら側で眠っている名前を眺めながら語っていた。それを聞いたアシェラッドは呆れ果てて開いた口が塞がらなかったことをしっかりと覚えている。
変わり者だとは思っていたが、まさか放っておけば野垂れ死ぬ子供を拾って育てるとは誰が予想出来ようか。しかもその時は、男しかいなかった兵団の中で女の子供をだ。
そんな変わり者だからこそ、よく組んでいたのかもしれない。
その変わり者から、自分よりも剣の扱い方が上手いからと、名前に剣術を教えてやってほしいと言われた時は何度目かの冗談だろうとアシェラッドは思った。
しかし、その時アシェラッドは彼に借りがあったため仕方なく教えることにしたのだが、予想以上に名前は教えたことを次々と吸収していく。物覚えがいいのか戦闘センスがいいのか、どんどん強くなっていく彼女に教えるのが楽しくないといえば嘘になる。
そうやって年月が過ぎ、彼女は更に強くなっていった。
名前が強くなっていくのと比例するように彼女の育ての親は老いていく。とある戦いで、かつてであれば負けるはずのない相手に首を取られた。
荒くれ者の多い兵団を纏めあげ、拾った子供である名前を育てあげた変わり者の男は呆気なく死んだ。
彼の訃報は勿論アシェラッドの耳にも入ってきた。その仇を名前が取ったことも、彼の後を継ぎ名前が首領になったことも全て聞いて知っていた。
名前が首領になる際に兵団内で一悶着あったようだが、彼女が首領になってから少しして会った時まだ幼さが残るものの随分とあの幼かった子供が逞しくなった印象を受けた。それでもアシェラッドから見ればまだまだ子供であるわけだが、一人前に兵団を率いている様は彼女の成長を感じずにはいられなかった。
月日は流れ、気が付けば名前が率いている兵団と組む回数は減っていた。避けるようになっていたといった方が正しいのかもしれない。
それでも、彼女が率いている兵団はアシェラッドの兵団と比べると少数だが腕利きが多いため、戦力が必要な場合は顔馴染みということもあり何度か組むことはあった。
今回もそういう理由から、彼女が現在拠点にしていると情報を得たとある村に向かっている。

「……気が乗らねェ」

思わず溜息と共に口から漏れていた。
名前のいる拠点に近付いている。おそらく彼女のことだ既にアシェラッドが向かっていることは把握しているだろう。
いつものことだ。そろそろ子供の頃の様にアシェラッドの名前を呼びながら彼女が現れる頃合いだ。

「アシェラッドー!久しぶりじゃない!?会いたかったー!」

周囲の目も気にせず真っ直ぐにアシェラッドの元に駆けてくる一人の若い女が名前である。
勢いを落とさずに近付いて来た彼女はそのままアシェラッドに抱き付こうとするが、瞬間がしっと両肩を掴まれあえなくそれは阻止される。
躱さずに受け止めたのは、勢いよく飛び付いてきた彼女がその勢いのままアシェラッドの後ろに続く男達の中に突っ込んでいくのを防ぐためでもあるのだが、虚しいことに彼女にはまるで伝わっていない。

「……何で?」

不満そうに口を尖らせる様子まるで子供のようだ。
彼女のことを知らない人間が見れば、一体誰が兵団を率いている首領だと思うだろうか。実際、アシェラッドが率いている兵団の古株以外は驚きの声をあげていた。

「あーもー……ガキじゃねェんだから抱き付くなっていつも言ってンだろうが」
「私はいつもやだって言ってるでしょ」
「そういうところがガキだってんだ」
「ガキじゃない!」

というやり取りを数回繰り返し、先に折れるのはいつもアシェラッドの方だった。
観念したという風に頭を掻きながら彼女のことを宥める。
アシェラッドがここに来ることに気分が乗らなかった理由の一つがこれだ。彼女に会うといつも今回の様なことになるからである。
腕が立つのは紛れもない事実ではあるのだが、いつまでも子供の頃の様に戯れついてくる彼女の相手をしていると普段の数倍は疲れる。無邪気な子供に絡まれる首領というのも部下の前で面子が立たない。遠回しに名前に伝えてみたところで効果は全くない。
顔を合わせる度に、アシェラッドは名前のことをガキだと子供扱いするが、現在の彼女は美しく成長していた。金髪の長い髪を一つに縛り男物の服を着ているが、きちんと小綺麗な格好をすればそこら辺にいる女達とは比較にならないだろう。
実際名前のことを子供扱いするのはアシェラッド以外にはおらず、ビョルンはアンタよくガキ扱い出来るなと呆れたように漏らしている。

「で、あなたがここに来るなんて珍しいじゃない?うちの協力が必要ってことで合ってる?」

すっと真面目な表情に変わり、本題について触れてくる辺りは若いながらも流石は首領といったところだろう。切り替えの早さは、育ての親譲りというとこか。

「あァ、そうだよ。不本意ながらな」
「ふうん」

不本意だとしても、他の誰かではなくアシェラッドが協力を求めて足を運んだところが自分だったことに名前は満足そうに意味ありげな笑みを浮かべる。
アシェラッドは、名前の表情を横目に思わず軽く舌打ちを漏らした。



名前が率いる兵団と合流してから、目的地である場所へと移動を開始した。
ここから遠くはないといっても、丸一日はかかる距離になる。
道中ですっかりと日が暮れてしまったが、無数に輝く星々と満月に近い月のお陰で、辺りは完全な闇ではなく青白い光に包まれ明るい。
今夜は、途中にあった廃村で一夜を過ごすことになり各々が自由に過ごしていた。
名前率いる兵団とアシェラッド率いる兵団が合わさりかなりの人数となっているため、人気のなかった廃村がかつて以上の賑わいを見せている。
どちらの兵団も血の気の多い者が少なくない。これだけ人数が集まれば何かが起きることは明白だ。名前が率いる兵団には女も何人かいることもあり、何かしらトラブルは起きるだろうと予想はしていた。名前自身そういったことに巻き込まれたことは多々ある。
そういったトラブルに巻き込まれた場合は、当事者同士で対処することと名前は部下達へ予め指示をしていた。勿論、首領である名前の場合も含まれている。
名前は巻き込まれることは予想はしていたが、真っ先に降りかかってきたのが自分であったことに思わず溜息を漏らさずにはいられなかった。

「女の首領ってのは初めて見たが、随分可愛い顔してるよなァ」
「ちょーっとお相手してくんない?」

名前は行く手を塞がれるかたちで、数人のアシェラッドの手下達に囲まれていた。
彼らは、アシェラッドの手下達の中でも比較的最近入った者達である。故に彼らは知らなかった。古参の者達は、名前に手を出さそうとはしない。何故なら、彼女の強さを知っているからだ。
下卑た笑みを浮かべ自分よりも背の高い男達に見下ろされ囲まれながらも、名前は特に顔色も変えずに平然としている。
一応アシェラッドは、彼女には手を出すなとは事前に止めていたが、男達にはその効果がまるでなかったようだ。
一人の男が名前に手を伸ばそうとした瞬間、男達の背後からアシェラッドの声が響く。

「あーはいはい、君達ィ……手ェ出すなって言ったでしょうが」

その声に反応して手を伸ばしかけた男の手は止まり、別の男が何かを口にする前にアシェラッドが適当に男達を言い包めてしまった。
幾分か不満を漏らしながらも、その場から去って行く男達を興味なさげに眺めながら名前は口を開いた。

「助けてくれるなんて、アシェラッドってそんなに優しかった?」

口元に薄っすら笑みを浮かべている名前は、夜の闇のせいか少しだけ妖艶に見える。幼い頃から知るあの子供が、こんな笑みを浮かべて見せるようになったのかと時の流れを痛感する。アシェラッドは盛大に溜息を一つ落とすと、彼女の右手にしっかりと握られている彼女愛用の槍へと視線を向けた。

「お前なァ、全員殺る気だっただろ?」
「ええ」
「ったく、頭数増やしに来て減らされたんじゃたまったもんじゃねェ」
「でも、私より弱い男なんて何人いても役に立たない」
「それでも頭数があった方が色々使い道もあるんだよ。分かるだろうが」

アシェラッドに窘められる様に言われると、名前は言い返す言葉が見たらず、ふて腐れ顔た様に顔を逸らすことしか出来なかった。

廃屋の壁に寄りかかって少し距離を置き、二人並んで座っている。
名前は、未だ気まずそうに隣のアシェラッドから顔を逸らしていた。そういうところがガキなんだと言おうとして、これ以上彼女の機嫌を損ねさせるのは得策ではないだろうと口から出かけた言葉をアシェラッドは飲み込んだ。
そして、敢えて話題を逸らす。

「名前、お前最近寝てんのか?」

彼女に、久々に会ってから気になっていた。
彼女は、疲れている素ぶりを見せず元気そうに振舞っていたが、薄っすらと彼女の目の下には隈が出来ていた。

「え?ああ、最近忙しかったからあんまり……」
「この後も忙しくなるんだ。寝れるうちにちゃんと寝ておけよ」

話題が逸れたことで、彼女も気を取直したのか先程までの彼女の表情からは先程までの気まずさはなくなっている。

「そうしたいけど、さっきみたいな連中がいるのにうかうか寝れるわけないじゃない」
「あー……」

そりゃそうか、と言いかけてアシェラッドは一呼吸置いて再び口を開いた。

「近付けさせねェよ」
「え?」
「いいからさっさと寝とけ」

きょとんと驚いた顔をしていた名前は、ふっと笑みを漏らすとアシェラッドに近付きそのまま寄りかかってきた。アシェラッドの肩に頭を預けて寝る体勢に入る。

「……おい」
「アシェラッドが寝ろって言ったんでしょ」

眼を瞑り眠ろうとしている彼女を横目に、アシェラッドは観念したように溜息を一つ落とした。
昔からどうにも彼女には押し負けてしまう。いや、甘いと言った方が正しいか。

「好きにしろ」
「うん……」

少しして、規則正しい寝息が聞こえてきた。すっかりと安心したように眠っている彼女を見て、寝ておけと言ったのは確かに自分だがこうも無防備に隣で眠られるとどうにも調子が狂ってしまう。
思い返してみれば、昔にも似たようなことはあった。
まだ彼女の育ての親が生きていた頃だ。その時も、今日と同じように廃村で一夜を明かそうとしていた。子供は寝る時間だと育ての親に言われた彼女は、何故か真っ直ぐにアシェラッドの元にやってくると一緒に寝ると言っては聞かず、最終的にアシェラッドが折れるかたちになったのだ。
当時と比較して成長した彼女ではあるが、隣で眠る彼女の寝顔はあの頃と変わらず幼いままに見える。

「やっぱガキじゃねェか……」

すっかりと眠りに落ちた彼女に、アシェラッドのその呟きは聞こえるはずもなく周囲で騒いでいる男達の喧騒に混ざって消えた。


2020/05/05

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