一度でもヘマをしたら用済みだと玄瑞はあっさりと琴さんを切り捨てた。
それほど長い付き合いではなかったが、琴さんが必死に忠義を尽くしてきたことは知っている。それをあっさりと簡単に切り捨てた玄瑞にぞっとした。玄瑞とは昔からの付き合いで、そういう性格であることは理解している。けれど、自分で見つけてきた人をあっさりと切り捨てられることが恐ろしかった。
いずれ私の番が回ってくるのではないのだろうか?と恐ろしかった。いくら付き合いは長いとはいえ、玄瑞が私を側に置くのは私がまだ失敗をしていないからに違いない。玄瑞にとって私がまだ使える人間だからだ。だから、黙って側に置いておく。仮に私が何かしくじれば玄瑞はいくら昔からの付き合いだからといって情をかけたりはしないだろう。琴さんのようにあっさり切り捨てるのだろう。
どっしりと私に精神的圧力がのしかかる。それは自分でのしかけてしまっているものなのだけれど、一度でもヘマをすれば――その後のことを考えてしまう。
これから玄瑞に頼まれた任務だというのに、そんなことを考えていたら本当になってしまう様な気がして怖い。玄瑞は私にしか頼めないと言っていたというのに。失敗する?――嫌な結末が頭から離れない。


「名前」


玄瑞に名前を呼ばれてはっとした。
一人だと思っていた部屋にはいつの間にか玄瑞が来ていたらしい。あまりにも思考することに夢中になってしまっていたせいで、玄瑞が部屋に入って来たことに気が付かなかった。


「顔色が悪いみたいですが、大丈夫でありますか?」


玄瑞が私の側に座り顔を覗きこんでくる。


「あ…うん、大丈夫」
「…そう、ですか?私には大丈夫には到底見えませんがね…私に隠せるとでも思っているでありますか」


じっと私の目を見てくる。目が逸らせない。
玄瑞は私が目を逸らせないことも、隠し通せないことも全て分かっていて質問しているのだろう。いつもそうだ。ずるい。これが立場が逆だった場合、私がいくら聞いたところで玄瑞は上手くはぐらかして隠し通してしまう。
ここで意地を張って私が口にしなかったところで、おそらく結果は変わらない。玄瑞には、私が今何に対して不安を感じているのかということが分かっているはずだ。全て分かっている。見抜かれている。
軽く溜息を一つ落とす。そして、観念して口を開いた。


「私も、ヘマをしたら琴さんみたいに切り捨てるの?」


真っ直ぐに玄瑞の目を見て言葉にした。
それを聞いて、一瞬だけ玄瑞の目が驚いた様に見開かれたがすぐに元に戻る。口元に笑みが浮かぶ。


「まさか…」
「…え?」
「だって、名前はそんなヘマはしないでしょう?」
「!?」
「私はそう信じているであります」


にっこりと笑ってみせる玄瑞。そして、手を伸ばすと私の髪を撫ぜた。


「でなければ今回の件、名前に頼まない…であります」
「……」
「長い付き合いだからこそ、信頼出来る名前にしか頼めないのであります」
「玄瑞…」
「そうですねえ…今回の件が無事に終わったら名前の好きな甘味でも食べに行きましょうか」
「え…ホント!?」
「ほら、すぐに顔に出る。名前は単純でありますねえ」
「っな…!?だって、甘味っていうから…」


私の大好きな甘味という餌で釣ってくるのだから仕方ない。甘味と聞いて私が黙っているはずがない。そういうところも玄瑞は分かっていて甘味という単語を出したのだろうけれど。


「名前と甘味を食べに行くのを楽しみにしている…であります」


再び私の髪を撫ぜた。
玄瑞に上手くのせられているということは分かっている。どういう言葉を言えば私がその気になるか、玄瑞には見え見えなのだろう。
私もそれを分かっていていつものせられている。のせられるのが玄瑞なら悪い気はしない。


「私も楽しみにしてる。勿論、玄瑞の奢りだよね?」
「! 仕方ありませんね…」
「よっし」


拳をぐっと握って、立ち上がる。
そのまま玄瑞が入って来た時に開けたままにしていた襖へと向かう。襖に手をかけ玄瑞の方へ振り返り、任務に向かう際に必ず言う言葉を口にする。


「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい名前――」


いつも通りの挨拶。再び玄瑞に背を向け私は任務へと向かった。
だから私は知らない。玄瑞が私の姿が見えなくなった後に続けた言葉を。


「…そして、さようなら…であります」


もう玄瑞の元へと戻って来られないことも、これが全て最後になってしまうことも私は何一つ知らないまま任務へと向かった。


いとまごい



2013 9 8
ちるらんより久坂。
久坂好きなんだよ久坂。
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