パンっと乾いた音が連続で響く。
数十メートル離れたところにある的の真ん中に穴が空いた。
もう一発パンっと乾いた音が響くと、空いていた穴が広がった。
どうやらそれが最後の弾だったらしく、片手に今しがた的に穴を開けた愛銃であるコルトガバメントを手に、ガラスで仕切られていた空間から一人の女が出て来る。銃は言うまでもないが、エアガンである。
女の名前は、名字名前。呪術師である。
彼女は、ストレス発散によくシューティングバーに学生の頃から通っていた。
右手にコルトガバメントを持ちくるくると弄んでいたが、壁に寄りかかっている一人の男の前まで来ると彼女は男の眉間へと銃口を向けた。

「高専を追放された人間が私に何の用?」

銃口を向けられている男、夏油はそれを物ともせずにこやかな笑みを浮かべている。

「お久しぶりです、名前先輩」
「はあ……久しぶり。相変わらずだね」

名前は溜息を吐き、銃口を下ろしそのまま腰のホルスターへとしまった。
夏油傑、彼は名前の一つ下の後輩だ。まだ彼が高専にいた頃、名前の一つ下の後輩の中では特に親しくしていた人物である。

「弾が入ってないのに怖がる必要はないでしょう」
「バレてたか……」
「ええ」
「それより、あんた何その格好?出家でもしたの?」

名前は、夏油の姿をまじまじと眺める。
夏油はおおよそシューティングバーという場所には似つかわしくない法衣に身を包んでいた。

「はは、まさか。この方が色々と都合が良いんですよ」
「ふうん。それで?」
「はい?」
「わざわざ会いに来た理由は?遊びに来たわけじゃないんでしょ?」
「そうですね。名前先輩に折り入ってお願いが……」
「あー……聞きたくないけど、立ち話もなんだし付いて来て」

背を向け歩き出した名前の後に夏油は続く。
店内の一番奥にある扉の前まで来ると、名前はそれを開き夏油に中へ入る様に促した。
部屋の中は、あまり広くはないがテーブルと高級そうな革張りのソファーがあった。テーブルの上には、ウイスキーボトルと数個のグラス、アイスペールが置いてある。

「VIPルームへようこそ」

ソファーへと座ると名前は悪戯そうな笑みを浮かべた。

「周りに人がいない方がいいでしょ?」

夏油に向かい側のソファーへと座る様に視線で合図する。
聞きたくないと口にした割には、夏油の意図を組んで人に聞かれない様な環境を用意してくれる。店内にいる客は気付いていないだろうが、このVIPルームには人払いの結界まで張ってあった。

「ありがとうございます」

礼を言いながら、名前の向かい側へのソファーへと夏油は腰を下ろす。

「それで、私にお願いって?勧誘なら無駄だよ」
「いえ……そうではなくて、情報を流してほしいんですよ」
「情報?」

先を促す名前に、夏油は高専の情報を逐一流してほしいことと理由を説明した。
理由については、半分本当で半分嘘になるのだが、おそらく名前にはばれてしまっているだろう。
それを聞きながら、名前はテーブルの上に置かれているグラスを二つ並べると氷を入れ、それぞれにウイスキーを注いでいく。

「つまり、私にスパイをしろってこと?」
「ええ」
「……メリットは?」
「勿論、報酬は弾みます」

親しかったこともあり、夏油は名前の性格をよく分かっている。
昔から、見合った報酬さえ提示すれば手を貸してくれる人だった。

「いくら?」
「前金で、三百万出しますよ。あとは情報をいただく度にその都度……」
「四百万」
「……三百五十万」
「なら、三百七十万」

元々、夏油が提示した額より名前が提示してきた額が大きかった場合も、その金額を払うつもりではいたが、すんなりと了承すれば彼女は警戒レベルを引き上げるだろう。
見合った報酬で手は貸すが、全く警戒をしない人間では彼女はない。警戒レベルを引き上げられて、余計な詮索をされては困る。
だからある程度の金額の交渉は必要になってくるのだ。
この辺りが丁度いいだろうと、夏油は名前が提示してきた額に了承した。

「オーケー、契約成立だ」

ウイスキーが入っているグラスを名前は夏油へと差し出してくる。
それを受け取ると、彼女は自分のグラスを夏油の持っているグラスへと近付けた。軽くグラスのぶつかる小気味よい音が室内へと響く。
そのまま彼女は豪快にウイスキーを口へと流し込んだ。



夏油との契約後、名前は契約どおりに高専の情報を売っていた。
何度か顔を合わせることもあった。
夏油に特に変わりなく、元気そうにしているなという印象しか名前は持っていなかった。
しかし、十二月二十四日、百鬼夜行で夏油は死んだと聞いた。直接その場に居合わせたわけではないのだが、直接手を下した本人である五条から聞いたのだから間違いはない。
それなのに、今名前の目の前には夏油がいる。
シューティングバーからの帰り道、時刻は二時を回った頃、名前のマンションまでもう少しというところで背後から声をかけられた。振り向けばそこには、夏油の姿があった。

「こんばんは、名前先輩」

名前がよく知るにこやかな笑みを浮かべている。
どう見ても、夏油だが名前には何か違うモノに見えた。五条から殺したと事前に聞いていたからそう見えたというわけではない。仮に、五条から聞いていなくとも名前には、今目の前に夏油は別人に見えた。

「お前誰だ?」
「何言ってるんですか?名前先輩」
「夏油じゃないだろ、お前」
「嫌だなあ……私ですよ名前先輩」
「……私の知る限りその姿でその声で名前先輩と私のことを呼ぶ人間はなあ、一人しか知らないって言ってんだよ!」

苛つきを含んだ声を名前が上げると、夏油の姿をしたモノの笑みがぐにゃりと歪んだ。
名前は警戒態勢へと入る。夏油の姿をしたモノから距離をとると、術式を発動させ相手の様子を見やった。


2020/01/26
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