槙島聖護に利用されていた一人の女がいる。
彼女の名前は、名字名前。本人は、槙島に上手いこと利用されていたとは全く思っておらず、槙島のことを完全に信頼している。
彼女は事件には関わっていたが、直接的に何かをしでかしたわけではない。
犯罪係数は規定値を超えていたこと、槙島との関わりがあったことは明確なため確保された。

「槙島さんですか?頭がよくて優しいしいい人ですよ。色々な話しを聞かせてくれましたし、あと、紙の本をよく貸してくれました」

彼女から槙島の情報を聞き出そうとしても、捜査に役立ちそうな情報は一切出てこなかった。
おそらくどうでもいい情報しか槙島は彼女に与えていなかったのだ。

「ここは狭くて退屈です」

廃棄区画内を自分の庭の様に自由に歩いていた彼女には、隔離施設は窮屈で退屈なのだろう。
彼女が隔離施設に入れられてから暫く経った頃、彼女に執行官適性が認められた。
選択をするのは彼女自身だ。彼女は執行官になることを選択した。
槙島と関わっていたこともあり彼女に興味を示した人物がいた。分析官として公安局刑事課に配属された雑賀譲二である。
執行官として配属される数日前、彼女は雑賀待つ部屋へと通される。彼女には、執行官になる前の面談と伝えられている。
雑賀が待つ部屋へと入った彼女はテーブルを挟み、向かい合う様に置かれている椅子へとかけた。
軽く自己紹介を済ませた後、彼女が口を開くより先に雑賀の方が口を開いた。

「お前さん槙島に利用されていたと聞いてたが、そのことに全く気付いちゃいなかったと周囲には見せかけて、別に利用されても構わないと思っていたな。全面的に槙島のことは信頼していた……一度信頼した人間のことはずっと信頼し続ける。そういう人間は極々少数といったところか」

すらすらと喋る雑賀の言葉に、彼女は少しだけ驚いた表情を見せたが黙って聞いている。

「基本的に人見知りで疑い深い性格だな。あとは、右利きに見せかけているが本来は左利き……意外と口より先に手か足が出るタイプか。他に……」

更に続けようとした雑賀の言葉は彼女の声によって遮られた。

「すごーい!全部当たりです!どうして分かったんですか!?ホームズみたいですね!」
「……ほう、ホームズを読むのか」
「はい、槙島さんが貸してくれた本の中にありました」

にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべている彼女とは対照的に雑賀の鋭い目が彼女を射抜く。
その後、当初予定していたよりも長く二人の会話は続いた。



彼女が執行官になって暫くが経った。
当初は、周囲からも心配されていたがなんとか日々執行官としての仕事をこなしていた。
そんな彼女の日課になっているのは、任務が終わると雑賀の部屋へ報告といいつつ会話をしにやって来ることだ。
初見時に、彼女の内面をばっちりと見抜いた雑賀のことを彼女は先生と呼び妙に懐いてしまった。それ以降、まるで飼い主に構ってほしい飼い犬の様に雑賀の元へとやって来るのだ。
今日も、例外なく雑賀の部屋のドアが開き、賑やかな彼女の声が響く。

「先生先生!今日の私の活躍見ましたー?」

部屋へと足を踏み入れると真っ直ぐに雑賀の元へと向かう。
ソファーに座り本を読んでいた雑賀の隣に座るとそのまま抱き着いた。

「ああ、見ていたが、相変わらずの無茶だな……。よく周囲を観察しろと言っているだろう」

無茶というのは、逃走した潜在犯が廃棄区画のとある建物に入り込み、三階の窓から飛び降りたのを追いかけて彼女も躊躇なくその窓から飛び降りたのだ。
その下に、たまたまダンボールやゴミが積み上げられてあったため、それがクッション代わりになり擦り傷程度で済んだ。無事に潜在犯も確保し彼女の手柄になったのだが、もし飛び降りた下にそれらがなければ擦り傷程度では済まなかっただろう。

「はあい……」

飼い主に怒られた飼い犬の様にしょんぼりとする彼女に雑賀は溜息を一つ落とす。

「ま、何はともあれお疲れさん。大した怪我もなくてよかったよ」
「えへへ」

抱き着いたまま気の抜けた笑みを浮かべる彼女を雑賀はゆるりと引き剥がした。
目の前のテーブルに置いていた空のマグカップを持ち立ち上がると、コーヒーメーカーが置いてある方へと歩を進める。

「名前、コーヒー飲むか?」
「飲みまーす!」
「ミルクと砂糖はいつもと同じでいいな?」
「おっけーでーす」

彼女が雑賀の部屋を訪れるようになってから、ブラックコーヒーが苦手な彼女のためにミルクと砂糖が常備されている。
頻繁に訪れてはその度に雑賀がコーヒーを淹れているため、いつの間にか彼女が好む甘さのコーヒーを淹れるのが上達していた。
黒色から薄い茶色へと変わったコーヒーが入ったマグカップを彼女へと渡す。それを受け取った彼女は、一口飲むと満足そうに声を漏らした。

「やっぱり雑賀先生が淹れてくれたコーヒーが世界で一番美味しいです」

幸せそうな表情を浮かべる彼女を見て、雑賀は大袈裟だなと思った。


2020/01/13
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