そうだ復讐をしよう。
そう思ったのは新月の夜のことだった。
魔術師の家系だった私の一族が私以外を残して全員滅ぼされたのは半月前のこと。犯人は分かっている。昔から私の一族と敵対関係にある魔術師の一族だ。
次の聖杯戦争に、どちらの一族も参加する予定だった。お互いに邪魔だったのだ。だから、聖杯戦争が始まる前に先手を打ってきたのだ。
見事に嵌められた私の一族は、私だけを残して全滅した。
私は完全に舐められているのだ。出来損ないの魔術師として、殺すまでもない存在だと思われている。一人では何も出来ないと思われている。復讐なんて、私が一人でするはずがないと思い込まれている。
それが敵対関係にある一族の誤算ともいえる。
ならば、そこにつけ込んでやろう。復讐をしてやろう。相手の嫌がることをしてやろう。聖杯戦争に参加して、出来るだけ引っ掻き回してぐちゃぐちゃにしてやろうではないか。
幸いにも、私の一族は過去に参加した聖杯戦争でキャスターを引き当てる術を得ていた。何故キャスターなのかは分からないが、先代も先々代もその前もずっと昔からキャスターを呼んできたと伝えられている。
誰を呼べるのかまでは指定は出来ないらしいが、その時呼んだ者に最も相応しい英霊が呼びかけに応えてくれるとも聞いていた。
そうして、私が呼んだ英霊は和装と洋装を合わせた様な格好をした個性的な長髪の妖しい笑みを浮かべた男だった。
真名は、安倍晴明。そう男は、名乗った。
何となく、これは完全に勘になるのだが違うと思った。この男は嘘を言っている。嘘を言っているが、特にそれに対して言うことはなかった。私は復讐が出来ればいいのだ。真名がどうであれ、私の復讐に協力してくれるのならそれでいい。安倍晴明というのなら、相応の力を貸していただこうではないか。
私の事情を一通り説明すると、意外にも愉しそうな笑みを浮かべすんなりと協力してくれるという。

「よろしくねキャスター」
「ええ、こちらこそよろしくお願いしますマスター」

そう言ったキャスターの口元には、妖しい笑みが張り付いていた。



結論から言うと、復讐は成功した。
キャスターのお陰もあり、聖杯戦争を出来るだけぐちゃぐちゃに引っ掻き回して惨たらしい最期にしてやった。
許してくれ、と何度も何度も謝罪の言葉を口にする相手をじわじわと嬲って嬲って嬲り殺すのは愉しかったが、いざ復讐が終わってしまうと退屈になった。
復讐が目的で聖杯戦争に参加した私は、聖杯にかける望みも何も持ち合わせてはいない。聖杯に興味がなかったのだ。
しかし、聖杯戦争が終わればここまで共にしてきたキャスターはいなくなってしまう。それは勿体ない。妖しい笑みを浮かべる男の存在が、いつの間にか私の中で大きくなっていた。
復讐は果たしたが、彼とならこのまま世界を引っ掻き回して混沌を撒き散らしてやるのもきっと愉しいだろう。彼とならそれは可能だ。
聖杯戦争は終盤に差し掛かっている。残っているのは、セイバー、バーサーカー、そしてキャスター。
このまま勝ち残って、聖杯を手にしキャスターを受肉させれば彼はいなくならない。もっともっと一緒に愉しいことが出来るだろう。
キャスターに私がそう思っていることを伝えれば、彼は少しばかり驚いた様な表情をした後にやはりいつもの妖しい笑みを浮かべるのだった。

「ンンンーーそれはそれは……面白そうですねえ」
「そうでしょう?」
「ええ、ですが、実に残念ですよ。残念ながら遅すぎたようで……」

妖しい笑みがだんだんと歪なものへと変わっていく。
それには見覚えがあった。復讐の際に、殺した相手に向けていた笑みだ。私は、それを隣で見ていた。
だが、今は違う。それを向けられているのは私だ。
いきなり、がくんと膝の力が抜ける。そのまま地面へと崩れ落ちた。何が起こったのか分からない。思考がついていかない。
頬に当たる地面の冷たさとじゃりじゃりとした小石の混ざった砂が当たる感触で、地面に倒れていることが分かった。
身体は動かない。視線だけをなんとか上に向ければ、今まで見たことがないキャスターの冷ややかな目が私を見下げていた。

「どうです?見下される側の気分というのは?」
「何……で?」

まだ声もなんとか出るらしい。

「何で?そう問われれば、面白そうだったからの一言につきまする。面白そうだったから復讐に手を貸しはしましたが、あなたは聖杯にご興味がなかったようで……ならば復讐後に組み続ける利点がない。そう思ったので、別のマスターと手を組みました」
「……」
「本当に、遅すぎたのですよ。ええ、ええ、実に残念ですねえ」

残念と口にしながらも、愉しそうに笑みを浮かべている。

「ああ、もう一つ。気付いていないでしょう。拙僧が新たに手を組んだマスター……誰だと思います?」
「……」
「フフハハハハハ、あなたが復讐を果たしたと思っている例の魔術師ですよ!復讐は失敗していたんですよ!気付かなかったでしょう?あなたが殺したと思っていたのは、全くの無関係な別人だったのです!」
「……」
「無様ですねえマスター、フフフフフ!気付けなかった己の無能さを呪うがいい!拙僧はいくつかのヒントは差し上げておりましたよ。それに気付いていたのならまた別の結末も……拙僧の気が変わり、あなたが本当に復讐を果せた未来もあったかもしれませんねえ」
「……」
「おや?そろそろ意識がなくなってきた頃合いでしょうか。愉しかったですよ、マスター……ああ、最後になりますが拙僧の真名はーー」

その名を聞く前に私の意識は途切れてしまっため、最後までキャスターの真名を知ることはなかった。
一体どこから私は選択を間違えてしまったのだろうか。考えることも出来なくなってしまった私には分からない。


2019/12/31
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