満月の夜だった。
この時代は夜になると月と星の明かりだけになってしまう。今夜は満月のお陰で随分と明るい。
私が現代から戦国時代へと来てから三ヶ月近くが経つ。
どうやって戦国時代へとやって来たのか私にも分からない。いつもの様に夜ベッドへと横になり、眠って起きたら戦国時代だったのだ。
だから、ある日眠って起きたら現代に戻っているかもしれないと思っている。残念ながら、この三ヶ月近くそんなことは起こらなかった。
縁側に座り、満月を見やる。
現代と比べて月と星の明かりしかせいか、現代で見た満月よりも綺麗に見える。

「綺麗だなあー」

思わず漏れた声。完全に独り言だ。
返ってくる言葉などないはずである。しかし、実際には肯定する言葉が返ってきた。

「そうですね」

声のした方を見ると、そこには寝間着姿の光秀さんがいた。
月が綺麗ですね、という問いに対しての返答について彼は知っているはずがない。
あれは戦国時代よりもっと後の夏目漱石がI love youを月が綺麗ですね、に訳したと聞いたことがある。戦国時代に生きる彼が知るはずはないのだが、それでも思わずどきりとしてしまった。

「眠れないのですか?」

彼は私の隣へ腰を下ろした。

「はい」

月明かりに照らされる銀色の長い髪がキラキラと反射していて綺麗だと思った。
私がこの戦国時代にやって来てから初めて出会った人物が彼になる。そして、今に至るまでお世話になっている。
彼の名前を聞いた時は随分と驚いた。歴史の時間に必ず聞く名前だ。現代に残っている肖像画とは全くの別人であることにも驚いた。
私がここでお世話になり始めて、彼についてよくない噂を耳にすることが多々あった。
けれど、私には色々とよくしてくれる彼が本当にその噂どおりの人であるのか判断がし難い。何より、彼は私に刃を向けたことはなかった。
一つ気になっていることといえば、最初に出会った時彼が私を見て口にした名前だ。
ずっとそれが気になっていた私は、彼の家臣の一人である利三さんへ質問をしてみた。
すると、その名前は私が現れる半年くらい前に亡くなった彼に仕えていた忍の名前であることが分かった。
利三さんが言うには、彼とその忍の人はとても仲が良かったのだそうだ。更に利三さんは、私によく似ていた瓜二つだとも続けた。
それを聞いて納得した。
彼が私を保護してくれた理由はそれ以外にないのだろう。戦国時代の人から見たら、現代の格好をしていた私は明らかに怪しく見えるのだから。
彼は始めから私のことなど見ていない。見ているのは私によく似ているというその忍だけだ。

「光秀さん、そんなに私はその忍に似ていますか?」
「何を……ああ、利三に聞いたんですか」

聞いてはいけないことの様な気もしたが、気が付いた時には質問をしてしまっていた。
彼の機嫌を損ねるかともしれないと思ったが、そうではないらしい。
ただ静かな視線が返ってきた。彼にじっと見つめられる。

「ええ、よく似ていますよ」

今までに聞いたことのない様な酷く穏やかな声色で彼はそう言った。
彼が今見ているのは目の前にいるの私のはずであるのに、彼は私など見ていなかった。彼の瞳に映っているのは私の知らない私によく似ているという忍だけだ。


2019/09/19
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