もう駄目だと思った。
私はここで死ぬのだと思って目を閉じた。
しかし、次に目を開けた時に私は所謂あの世と呼ばれる場所にはいなかった。
見たことのない天井、見たことのない部屋、温かい布団、身体は痛んだけれど手当されていることが分かる。生きている。どうやら私は誰かに助けられたらしい。
私を助けてくれる人物に心当たりはなかった。何故なら私は、信用していた忍の里の仲間に裏切られたからだ。
そう、私を殺そうとしたのは同じ里の仲間だ。仲間だと思っていたのは私だけで、ずうっと不要な存在だと思われていたらしい。私を殺したと思った元仲間は去り際にそう言った。
だから、本当に私を助けてくれる人物に心当たりがない。

初めて見たその人の印象は胡散臭そうだな、だった。
命の恩人に対して失礼ではあるが、そう思ってしまったのだから仕方がない。
その印象はすぐに変わることになった。その人は、私の怪我が回復するまで色々と世話を焼いてくれた。遠出をすれば土産だと言って、珍しい食べ物等を買ってきてくれた。町でたまたま祭りがあった時は連れて行ってくれた。
何故、私を助けてくれたのか?と聞いたことがある。当然だ。最もな疑問である。
その人は、特に表情を変えることなく静かな声で答えた。

「なに、気にしなくともよい。ただの気まぐれだ」

よく分からなかった。
ただの気まぐれで死にかけの忍を助ける武将がいるだろうか?実際目の前にいるのだが、表情からは何を考えているのかは読み取れない。
回復した後は、私の好きにして構わないと言われた。驚いた。間者に使われるものだとばかり思っていた。
なのに、ここに残るのもここから出て行くのも私の自由だと、私の好きにして構わないと言う。
だから私は、その言葉どおりに好きにさせてもらうことにした。
助けていただいた恩を返したいから、忍として使ってほしいとお側に置いてほしいと懇願した。私のそれに対して、ようやくその人は少し驚いた様な表情をしてみせた。

それからは、忍として仕えた。
ただの道具として使ってくれればいいのに、この任務は危ないかもしれないとか怪我をして帰れば大したことはないのにきちんと手当をしてくれたり、とわざわざ気にかけてくれるのが不思議でならなかった。
戦国の世に忍に対してこんな風に接する主など聞いたことも見たこともない。
そんな主に惹かれていくのに時間はかからなかった。正確にいえば、恩を返したいから側に置いてほしいと言った時には既に惹かれていたのだろうと思う。
主の信長様への想いは知っていた。
私は側にいれればそれでよかった。力になれればそれでよかった。守りたいと思った。
主の一番は私でなくても、私はただ主の側で仕えられれば幸せだった。
悔やまれるのは、後に知識として知ったあの時、本能寺の時とその後に私はそこにいれなかったことだ。主の最期の時まで側にいて守ることが出来なかった。
何故なら私は、本能寺の少し前に命を落としていたからだ。
主に命令された任務で深手を負った。任務自体は成功したのだが、なんとか主の元へ戻って報告した後に私はそこで事切れてしまう。
最期に見たのは、主の焦った顔だった。それが忘れることが出来ない。

**

聖杯にかける願いがあるとすれば、今度は主の最期の時まで側にいてお守りすることだ。
きっと私はそうどこかで願ってしまったのだろう。
英雄譚なんてまるでない無名の様な存在の私が、英霊として呼ばれてしまった。
不思議な感覚だが、私の生きた時代にはなかった知識がある。そのお陰で、自分の身に起こっている出来事も理解することが出来た。
呼ばれたからには、このなんだか頼りなさそうに見える新しい主に仕えるつもりでいる。
新しい主は一通り説明してくれた後に、私に会わせたい人がいるからこの場で少し待っていてほしいと口にした。
私の生きた時代とはまるで違う無機質な部屋で
大人しく待っていると、程なくして部屋のドアが開いた。その姿を目にした私は、あまりに驚きすぎて声を発することを忘れた。
呆然としている私にその人物も驚いた表情をした後に、私の名前を呼んだ。

「名前」

瞬間、目から涙が溢れる。
いきなり泣き出した私に慌てた様に近付いてきたその人は優しい手付きで私の涙を拭う。

「光秀、様…………ぐすっ……」
「……泣きやんでくれないかね」
「ぐずっ……ごめん……なさ…………」
「……やれやれ、あなたに泣かれるとどうすればよいものか困ってしまう」

忍が涙を流すなんて忍失格と言われても仕方がないのに、光秀様は私に泣かれると困ると口にする。
忍にそんなことを言う主はきっと他にいないのだろうなと思う。
困ると言われても、次から次へと溢れ出てくる涙は止まってはくれない。ついには、声をあげて子供の様に泣き出した私を光秀様は驚いた表情をした後にゆっくりと抱きしめてくれた。
無名の様な存在の私が英霊として呼ばれたことも奇跡としか言いようがないのに、その呼ばれた先でまさか再び光秀様と再会出来るなんて夢にも思わなかった。
これを奇跡と呼ばずに何と呼べようか。他の呼び方なんて私は知らない。
こうして光秀様に再会出来たことが心の底から本当に嬉しい。
抱きしめられていることも夢の様で、けれどもこれは夢ではない。
確かに私も光秀様もここに存在している。光秀様がこんなに近くにいる。
私は、それを確かめるかの様に恐る恐る光秀様の背に腕を回した。


2019/07/21
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