笹塚さんのお墓の前へと立つ。
お墓には既に花が供えてあり、綺麗に掃除してあるところを見るとここ数日の間に誰かが来たことが分かる。
誰かは分からないけれど、私以外にも誰かがここに来ていることを嬉しく感じた。

お久しぶりです、笹塚さん。
ここへ来るのは何度目になるのか数えるのは既にやめてしまいました。
ここ数年は忙しくて来れていなかったけれど、あなたのことを忘れたことはありません。
聞いてください笹塚さん、なんと私あなたと同じ歳になりました。びっくりでしょう?私だってびっくりしています。
けれど、私は笹塚さんの様なちゃんとした大人にはなれませんでした。歳だけ取って、中身はあの頃となんら変わっていない様に思うのです。
あなたと同じ歳になったら、あなたに少しでも近付けるだろうかと思っていたけれど、そんなことはありませんでした。まだまだ遠くて、あなたに近付くことが出来ないのだという現実が目の前にあるだけです。
それでも、今ならあの時あなたに告白した私を歳の離れた妹にしか見えないときちんと振ってくれたあなたの気持ちがよく分かります。
あなたと同じ歳になってみて分かる。高校生なんて子供以外の何者にも見えない。私はどうしようもなく子供でした。
そんな子供の私と出会ってくれてありがとうございました。
普通に過ごしていたらきっとただの女子高生が刑事さんと出会うことなんてなかったでしょう。
ねえ、笹塚さん。出会った時のことを覚えていますか。
友人の弥子経由で知り合いになりましたね。あの頃、ストーカーの被害に遭っていた私を助けてくれましたね。初対面の時は、正直頼りなさそうだなって思っていました。ごめんなさい。
でも、それはその後すぐに頼りになる人に変わりました。ストーカーに襲われそうになった私を助けてくれた笹塚さんはとてもかっこよかったです。多分あの時に好きになったのだと思います。
それからも、色々と会う機会があったり街中で見かけた時に声をかけてくれるのが嬉しかったです。

「名前ちゃん」

そう私の名前を呼ぶあなたの声が大好きでした。
一応言っておきますが、大好きなのは声だけではありません。あなたのことが大好きなんです。
ねえ、笹塚さん、人が人のことを忘れていく順番をご存知ですか?
人は、相手の声から忘れていくのだそうです。それを知った時、そんなことはないだろう。私が大好きなあなたの声を忘れることはないだろうと思っていました。
まさか身を持って実感することには思っていませんでした。本当なんです。本当に人は声から忘れていくのです。大好きなあなたの声だけが消えてしまいました。
きっとあなたからしたら、なんてことない他愛のない会話の内容だってちゃんと覚えているのに、声だけが残っていない。声だけが消えているのです。
もしも、こうなることを知っていたのならあなたの声を録音しておけばよかった。そうしたら何度でも聞いて、あなたの声が私の中から消えることはなかったのに。
あなたの声が聞きたいのです。かかってくるはずのない電話を待ち続けている私は、未だにあなたの携帯番号が消せません。
あれから機種なんて何度も変えているのに、あなたの携帯番号を消すことが出来ないのです。
もうかかってくることも、かけて繋がることももうないと分かっているのに出来ないのです。

「この前誕生日だったんだって?」

そう言って、誕生日から少し経って会った時に誕生日プレゼントだと綺麗な四葉のクローバーのストラップをくれましたね。
あなたからプレゼントを貰ったのはあれが初めて最後でした。
お店で一体どんな顔をして選んでくれたのだろう?と思ったけれど、きっといつもと変わらない顔で選んでくれたのでしょう。
私がどれだけあのプレゼントが嬉しかったか分かりますか?大袈裟かもしれないけれど、今まで貰ったどんなプレゼントよりも一番嬉しかったのです。
今でも大事に持っているんですよ。お守りなんです。
笹塚さんがいなくなって、楽しいこと悲しいこと辛いことたくさんありました。
でも、それのどこにもあなたがいないのです。何であなたはここにいないのだろうと思ってしまうのです。
あれから十年以上も経っているのに、未練がましい私を笑いますか?それとも、呆れますか?
笹塚さん、私はきっとあなたのことをこれからも忘れられないだろうし、これからもずっとずっと好きでい続けるのだと思います。
既に私の中からあなたの声は消えてしまったけれど、それ以外は絶対に消させたりしません。大好きなんです。十年以上経った今も、あの時あなたに告白した頃から何一つ変わらずにあなたが大好きです。

気付いたら、笹塚さんのお墓の前で泣いていた。
既に涙が枯れるくらいには泣いたのに、私の涙はまだまだ枯れてはいないらしい。
きっと傍から見たら、お墓の前で泣く変な女に見えるだろう。私以外誰もいないのが幸いだ。
涙を指で拭う。拭っても、次から次へと溢れてくる涙はとまることを忘れてしまった様だ。
突然、ふわりと優しい風が吹いて髪を撫ぜた。まるで私を慰めるかの様なその風に、気のせいかもしれないがよく知っている、けれど、懐かしい煙草の香りがした。


2019/05/23
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