数日前の話不機嫌な彼女と同一夢主
※偽の後くらい

君は本当に何も知らないんだね、とその人は笑みを浮かべながら言った。
臥煙伊豆湖と名乗ったその人は、貝木さんの先輩だという。何故か、私の守護霊のことも貝木さんとの関係も全て知っていた。本当に何故知っているのだろうか。
守護霊のことは、専門家だというその人が私を視れば分かるのだろう。けれど、貝木さんとの関係は何故だろう。貝木さんがわざわざそういうことを誰かに喋るような人とは思えない。
その人は、私が気になっている貝木さんのことについても知っていると言った。それについて仕事を手伝ってくれたら教えてあげるよ、とも言った。
素直に仕事を手伝ったら本当に教えてくれるのだろうと思う。嘘を言っているわけではないということは分かる。
私が気になっていることは、きっと、貝木さんに聞いても話してはくれないだろう。かといって、貝木さん以外の人から教えてもらうというのもどうかと思う。それに、何となくだが私はそれについて知らない方がいいのではないかとも思う。触れてはいけないのだと思う。
だから断った。私の答えを聞いたその人は、気が変わったら連絡しておいで、と携帯番号が書かれたメモを渡して去って行った。
おそらく私が、その番号に連絡をすることはない。メモはその日のうちに捨てた。

臥煙さんの言ったとおりに、私は何も知らないのだろう。
知らないことが悪いのだろうか。いや、知らないから得られる幸せもあるはずだ。私のそれは間違いなく後者だろう。
知らないけれど、私は気付いている。気付いているけれど気付きたくなくて、私はずるいから気付かないふりをしている。
貝木さんには、私ではない他に大切に想っている人がいることは気付いている。気付いたきっかけなんて殆ど勘の様なものだけれど、理由なんて好きだからだ。好きな相手のことだから、気付いてしまった。気付きたくないから今日も私は気付いていないふりをする。
元々、貝木さんとの関係は、私がしつこく好きですと付き纏って付き纏って付き纏って、貝木さんが折れてくれたのだ。きっと私を遇らうことに、めんどくさくなったのだろう。何だかんだいって優しいことは知っている。優しいから、私に付き合ってくれているのだ。私はその優しさにただただ甘えている。
そんなことを考えながら電話していたからか、電話越しに貝木さんの心配そうな声が聞こえてきた。

『名前、何かあったのか?』
「……え?いえ、別に何もないですよ。どうしてですか?」
『いや、何もないならそれでいい』

その後、少しだけ話をして電話を切った。
私は、貝木さんが声で何かあったのではないかと思う様な声を出していたのだろうか。いつもどおりだったと自分では思う。
それなのに、貝木さんは心配してくれた。私は、それが素直に嬉しい。

**

翌日、いつもの様に学校が終わり自宅までの道を歩いていた。
自宅まであともう少しというところで、背後からよく聞き慣れた声で名前を呼ばれる。聞き慣れたも何も昨夜電話でも聞いた声だ。
驚いて足を止め、振り返ればやっぱりいつもの様に黒い服に身を包んだ貝木さんがいた。

「え、何で?貝木さん!?」
「何だ?会いに来たら悪いのか」
「だって、この街に出禁になったんじゃないんですか?」

そうだ、この前自分でそう言っていたではないか。
私はそれを聞いて、暫く会えないのだろうなとがっかりしたのをよく覚えている。

「なあに、バレなければ問題ない。それより、お前が気になった。何があった?」

耳を疑った。
出禁になっているのにわざわざ会いに来てくれたことにも驚いたが、その理由が私が気になったからだと言った。聞き間違いではない。嘘を言っていないことも分かる。

「……何もないって言ったじゃないですか」
「嘘は見抜けても、嘘をつくのは下手なようだな」
「……」
「まあ、言いたくないのなら無理にとは言わないが」

少し付き合え、と貝木さんは私の手を引く。
貝木さんの手の大きさにドキドキした。思い返してみれば、貝木さんから手を掴まれるのは初めてかもしれない。私の手はすっぽり包み込まれてしまっている。
私は、黙ってそのまま引っ張られる様に着いて行くことしか出来なかった。もし、このままどこかに連れ去られてしまっても、それが貝木さんなら別に構わないと思った。そんなことを私にする様な人じゃないことは分かっているけれど。
やっぱり何だかんだいって優しいあなたは、私ではない他に大切に想っている人にも同じことをするのだろうか?私の手を引く後ろ姿を見ながら、ふと思ったが今は今だけはそれについては忘れよう。
わざわざ私に会いに来てくれたのだから、それだけで十分だ。今はただその優しさに甘えていようと思った。


2019/05/19
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