随分と髪が伸びたなあ、と思った。
攘夷戦争真っ只中、髪を切りに行く暇があるはずもなく、気付けば腰近くまで伸びてしまっている。普段は後ろに一つに結んでいるが、それでも邪魔になってきた。
思えば、ここまで長く髪を伸ばしたのは私の人生史上初めてかもしれない。
なんとなく眠れなくて寝床からこっそりと抜け出してきてしまった。近くの土手の様な所で座って空を見上げてみた。満月に近いからか月の明かりで十分明るいが、それでもキラキラと主張して光り輝く星達は綺麗だ。
寝ようと思っていたから結んでいなかった髪を一房掴んでみる。やっぱり大分伸びたと思う。
「うーん、髪切ろうかな?」
独り言だった。
何となく呟いたそれに対して、何かが返ってくるなんて予想していなかった。
「何だ、切っちまうのか?勿体ねェな……」
だから、背後から聞こえてきたよく聞き慣れた声にびくり、と肩を揺らしてしまった。
「うわ、高杉!いたの!?」
振り向けばよく見慣れた顔、高杉がそこにいた。
「今来たとこだ」
こちらに近付いてくると自然と私の隣へと腰を下ろす。
なんだか距離が近いような気がするが、よく知った幼馴染であるから特に気にはしない。高杉も眠れなくて散歩でもしていたのだろうかと思い、聞けばそんなところだと返ってきた。
「で、髪切っちまうのか?」
「え?あーうん、邪魔になってきたからね」
「……なら、こいつは不要だったか?」
すっと差し出された高杉の掌の上にあったのは、青地に金糸が混ざった綺麗な髪紐だった。月明かりに金糸が反射して、キラキラととても綺麗だ。
「え、これ……どうしたの?どっかから略奪してきたの?」
「何でだよ」
「えっだって、ま、まさか……買ったの?高杉が?」
「ああ」
「それを私に?」
「そうだよ。悪ィか?」
「ううん」
「だが、いらねェか」
すっと手を引っ込めようとするから、慌ててその手を掴んで阻止した。
「ああー待った待った!いる!いります!」
「髪切るんじゃねェのか?」
「うん、やっぱやめた!」
「そうか」
なら、やると差し出されたそれをお礼を言って受け取る。
手にしたそれはやっぱり綺麗で、幼馴染は思っていたよりセンスがいいらしいことに驚いた。
せっかく貰った髪紐で結んでみようと、髪を一つに束ねて縛る。
「似合う?」
「ああ、いつも縛ってるやつより何倍もいい」
そう言って、口角を上げて薄く笑みを浮かべた高杉はなんだか嬉しそうに見えた。
高杉がこんな風に笑ったところを見るのは、久しぶりかもしれない。攘夷戦争真っ只中なのだから、そう頻繁に笑えるはずもないといえばその通りだ。坂本はいつも笑っているが、あれは例外といっていいだろう。
幼馴染のそんな表情に私まで嬉しくなって、思わず笑みを漏らすと隣から気持ち悪ィという声がぼそりと聞こえてきた。
2019/05/04